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気持ちは20歳の母

日曜日、母と夫と叔父の特別養護老人ホームへお見舞いに行きました。ここへ叔父が入所して早、6年が過ぎました。母は77歳。叔父も71歳です。叔父は脳出血の後遺症と元々の足の障害とで、ほとんど立つのもやっとなのですが、杖を使って、トイレまでは自力で移動しています。母は叔父より6歳年上ですが、足も頭もしっかりしています。私の母の家族は早逝する人ばかりで、77歳の母が一番長生きしています。私もせめて、そこまでは生きたいな〜。と思います。
母と叔父と今のところ独身の兄と、この三人の面倒はお前がみなさい。と母に言われ、母の実家の墓仕舞い(そう言うのかわかりませんが…)までするようにと言われています。
そこまできれいに終わらせる頃には、私自身がいくつになっているんだろう…?

母もずいぶん年を取ったな…。と思っていたら、母からはこんな発言が…。
「でもね、気持ちは20歳なんだよ〜。昔と全然変わってないの。」

不思議です。

私もお墓の事とか、家の片付けとか考えなければ、気分は20歳?

いつまでも気だけは若い母でいて欲しいと思いました。

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by usakichi71 | 2017-11-28 07:22 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

美味しかったシースクリーム

母と行った長崎旅行のお土産で、一番おいしかったのは「シースクリーム」。

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長崎空港で冷凍で売っていた物を買ってきました。スポンジの間にカスタードクリーム。上には黄桃とパイナップルと生クリーム。甘さが絶妙で美味しかった~。

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また、長崎に行けたら、必ず買って来よう。





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by usakichi71 | 2017-11-26 20:53 | お菓子 | Trackback | Comments(0)

最後の栗パイ

23日、日帰りで息子の勤める農業学校の収穫祭に行ってきました。あいにくの雨模様ですが、せっかく準備した物を無駄にも出来ませんので、収穫祭は雨天決行です。
朝五時には家を出て、息子のもとにかけつけました。
息子はしばらく見ない間に、また少しふっくらしていました。買ってきたお菓子や洋服をあげて、野菜や花を買って、働いている息子のために、お餅やお肉を買って、少し話して、それでもう、帰る時間です。

学園ではパンやお菓子も作って販売しているのですが、その中でも特に私の好きなものに、「栗パイ」があります。息子に頼んで買っておいてねと、頼んでありました。
帰り際、栗パイを5個もくれた息子。
「今年で栗パイは最後だって。」

栗と砂糖だけの、美味しい栗あんのパイ。栗の木を切ってしまったので、来年からは作れないのですね…。残念。

栗パイは一つおすそ分けして、後の四つは冷凍庫に三つ、一つはすぐ食べて、残りは年末にでも楽しもうと思っていたのに、長男や夫、それから長女も大好きだったので、あっという間に無くなってしまいました。

収穫祭ではいつもと変わらなかった二男ですが、色々とストレスも溜まっているようです。戻ってからラインや電話で話しました。
長時間労働で心配な長男、非常勤という、不安定な雇用の二男。どちらも職場にやりがいや目標があれば続けられるのでしょうが…。

親は子どもを、ずっと守ってはあげられません。
私が獣なら、子どもは自分の縄張りから追い出し、自力で生きていくようにさせるはずです。
人間だから、追い出しはしないけど、自力で生きていけるように、自分の生きる道を自分で見つけるようにさせないと…。

どこまで助け、どこから本人に任せるか、親にはマニュアルも正解もありませんが、常に四人分考えるのは結構大変です。

栗パイ…美味しかったな。
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by usakichi71 | 2017-11-25 08:05 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

椿姫 〜愛があればいいのか…?~

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先週の木曜日の夜、仕事帰りに新国立劇場でオペラ「椿姫」を観てきました。昔、オペラのレーザーディスク(古い)を持っている友達がビデオにダビングした物を貸してくれて、何度も観ていたたのと、自分でもCDを買ってきいていたので、あらすじも曲も、よく知っていましたが、劇場で観るのは初めてでした。
でも、今回、椿姫を観に来る年代は若い人が多くカップルもたくさん居るので、面白いな〜と思いました。私の大好きな映画で「月の輝く夜に」と言うのがありますが、その中で出会った中年カップルも二人で初デートにオペラに行きます。演目はラ・ボエームですが、椿姫もデートにピッタリな演目かも…。最近は、日本でもそんなデートが増えているのかな〜。素敵ですね。

そして舞台ですが、演出がとても素敵でした。
オーケストラピットまで張り出した鏡のように反射する床、大きなシャンデリア、がユラユラと夢のような華やかな舞台を作り上げます。
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あらすじ

第1幕 高級娼婦のヴィオレッタ。パトロンたちがつぎ込んだお金でパリで享楽的な暮らしを楽しんでいます。でも、実は結核にかかっているのです。そんなヴィオレッタのサロンにプロヴァンス地方出身の青年アルフレードがやってきて、1年前から恋焦がれていたと告白します。ヴィオレッタは椿の花を渡すと、この花が萎れたら逢いに来てと伝えます。情熱的で真摯なアルフレードに魅かれる気持ちもあるヴィオレッタですが、娼婦という自分の身を考えると自虐的な気分になってしまうのでした…。

第2幕 ヴィオレッタとアルフレードは二人でパリの郊外で暮らし始めています。でも、世間知らずのアルフレードは生活するにはお金がいることすら解っていません、そのためヴィオレッタは自分の財産を売り払っては生活費を捻出していたのです。それでもヴィオレッタはアルフレードを愛し、二人の暮らしを守りたいと考えていましたが、アルフレードの留守中にアルフレードの父がやってきます。そしてヴィオレッタに、あなたのせいでアルフレードの妹の縁談が壊れかかっていると言い、別れを強要します。
自分の過去に負い目のあるヴィオレッタは理由を告げずにアルフレードの元を離れ、再び高級娼婦へと戻ってしまうのでした。そして、そんな事情を知らないアルフレードは舞踏会の夜、公衆の面前でヴィオレッタに札束を投げつけ侮辱します。

第3幕 ヴィオレッタはアルフレードと別れてからすぐに結核が悪化し、瀕死の状態になっています。でも、アルフレードの父からの手紙が届き、アルフレードにすべて打ち明けたことや、近々謝罪に訪問することが書かれていたので、そのことだけが生きる希望になっていました。謝肉祭の仮装行列の賑わいが聞こえてきました…、と突然音楽が沸き、アルフレードと父が訪問します。歓喜するヴィオレッタ…教会に行きたいと服を着ようとしますが、その力も残っていません…。
舞台はヴィオレッタの朦朧とした意識を表すように大きな布で遮断されています。愛するアルフレードの姿もはっきりとは見えていないのです。そして、ヴィオレッタは手にした椿の花をポタッと、落とします。そしてヴィオレッタの言葉が…

「痛みがなくなったわ、体中に力が湧いてきた、私、生きられるのね!」

この最後のセリフ。これはヴィオレッタが奇跡的に回復する兆しなのか?死後の世界に飛び立つ際の喜びの言葉なのか?
私には、ちょっとしたホラーのように感じてびっくりしてしましました。

アルフレードを愛していたヴィオレッタ。ヴィオレッタを愛していたアルフレード。ヴィオレッタは他の人には狡い女になれたのに、アルフレードには狡い女になれなかった。だから死ぬことになってしまったのでしょうが、過去が彼女を地面に引っ張って羽ばたくことが出来なかった…。
そして、何の暗い過去も無く、生活力の無いお坊ちゃま君のアルフレード。人を疑うことを知らない若者はヴィオレッタの行動に何の疑問も持たずに裏切られたと信じてしまう…。
愛はあっても幸せになれない二人でした。





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by usakichi71 | 2017-11-23 21:57 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

ヤキトリの串を飲み込んだ美鈴

今日は忙しい夜でした。夕ご飯のおかずに生協のヤキトリを焼いたのです。食いしん坊の美鈴に取られないように、テーブルの真ん中の方へ置いたつもりだったのに、美鈴がテーブルの上のお皿からヤキトリを串のままこっそり取ってしまい、気がついた時には串のほとんどがお腹の中に…。果たしてちゃんと噛み砕いて飲み込んだのか…、丸呑みしたのか…。でも、犬はどっちかって言ったら丸呑み派です。ヤキトリの串は消化されるのか?されないのか?

やっぱり、黙って待っていても不安なだけだ…。迷惑なのを承知で、美鈴と寅吉の主治医の獣医さんに電話してしまいました。

餌を食べさせて連れてきてくださいと、言われ、美鈴にまたご飯を食べさせると、急いで長女と二人で先生のもとへ…。

先生は着くとすぐに美鈴に吐かせるための薬を飲ませてくれました。

暫くすると、ビックリするほどたくさんの餌と一緒にヤキトリが串が刺さったまま出て来ました。
長さ5センチ位と3センチ位の2つに分かれていましたが、5センチの方はそのまま腸まで行っていたら、確実に腸に穴を開けていたと思います…。

良かった…。出てくれて。(ToT)

吐いたあとは背中から点滴とお薬。今夜は断食です。

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何か食べたいな〜。と言いたげな美鈴。

それにしても有り難いのは、信頼できる獣医さんが近くにいる事です。
また、助けられたね、美鈴!




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by usakichi71 | 2017-11-20 21:42 | 美鈴と寅吉のこと | Trackback | Comments(2)

母と二人旅 8 〜最終日、くじゃく園と川棚町郷土資料館を訪ねて〜

母との二人旅もついに最終日。爽やかな朝でした。
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「本当に良いところだった。」「こんなにキレイな所で育ったんだね〜。」と感慨深げな母でした。母から聞いていた川棚は「前は海で後ろは山、海はきれいで静かで、イイ所だった…」ぐらいの大雑把な感じだったので、昨年、初めて訪れて見たことで、もっと実感を持って、話を聞いてあげられるようになりました。静かな大村湾やのんびりとした山並み、渋滞の無い道路。私も本当に長崎が好きになりました。

迷惑をたくさんかけたくじゃく荘を後にして、レンタカーで走り出しました。
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昔はなかった海水浴場は管理が厳しいようで、浜には降りることが出来ませんでしたが、駐車場には猫ちゃんがたくさんいました。
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それから、なぜかくじゃく園があるので、見に行きました。くじゃくの檻の他に遊び場もあり、無料だし、良い所でした。でも、平日だからか?人が少ない…。夏は混むのかもしれませんね。
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くじゃく園を出たら川棚町役場に行ってみました。
町の歴史とか分かる場所が有りますか?と聞いてみると、役場のとなりに郷土資料館がありました。
無料ですが、見る人は名前と住所を書いてくださいと言われ、私が代表して書いたのですが、母も書くと言い、記入しました。自分がここまで来たことを、書きたかったのかな?
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郷土資料館を見て、くじゃくがいる理由もわかりました。インドから贈られた10羽のくじゃくのために作った公園だったのですね。
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町の歴史の本も売っていました。2500円でとても立派なものでしたが、重たいのと、母が欲しいとは言わなかったので、買いませんでした。
あと、母は石木小学校の卒業ですが、くじゃく荘で、そう伝えると、石木はダムになる計画があって…、と聞いたのですが、その事も本に書いてあり、本当にそうなってしまうのだと、知りました。家に帰ってから色々と調べていくと、とても昔から計画があったけど反対運動等もあり、まだダムにはなっていないのだと知りました。

私でも、そんなに山奥ではないので、何で?という気もするし、昔の計画なので、もう一度考えなおせばいいのにと思いました。

母と町役場を後にして、レンタカーで町を少し走りました。去年、来た場所へまた行こうとしたのですが、道を間違えてしまいました。
「もう、いいよ、お土産買う時間もいるから、もう空港に行こう。」
母はサラリとそう言いましたが、本当に良かったのかな?と気になりました。
母は、「もっと変わってしまってるかもしれないし、去年、あの場所に行けたから、良いんだよ。」と言いました。

レンタカーを無事返却し、電子キーも壊れていなかったので、弁償もしないで済みました。空港まではレンタカー屋さんが送ってくれます。

空港に着いたら母のリクエストでお寿司を食べて、お土産選びです。母はお土産をた〜くさん買っていました。ほとんどがお友達用なんですけどね。
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お土産代は兄から貰い、旅行は私からプレゼントしてもらい、私は幸せ者だね、と言っていた母。

そう、思って貰えたなら、本当に良かったです。今度は近くに連れて行ってと、言っていましたが、元気なうちは飛行機で、もう少し遠くも連れて行ってあげたいな…。飛行機からは富士山が少しだけ見えました。少しでも見えると嬉しい。

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羽田には夫が迎えに来てくれました。
色んな事があったけど、私も幸せな旅でした。









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by usakichi71 | 2017-11-17 20:50 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

母と二人旅 7 〜終わりよければすべて良し?〜

のんびりと、洗濯の終わるのを待っていると、30分くらいで洗うのが終わりました。さて、それじゃ、洗濯物を乾燥機に入れて、後は部屋でテレビでも見てよ〜!と思いながら洗濯機に手を入れると、「カチャ」っと嫌な音が…
「!!!」なんと、そこにはレンタカーの電子鍵が入っていたのでした…。

大変!!!

慌てた私は、乾燥機に服を入れると、早速スマホで調べました。「濡らしたキーのスイッチは絶対押してはいけない。それでショートして壊れることがある。」「蓋を開けて、自然乾燥3日間で直る事もある。」等々…

とにかく鍵の蓋を開けて、乾燥させよう…と、蓋を開けようと試みますが、開けません。何か特別な開け方があるのかな?そうだ、車から説明書を持ってこよ〜!
電子鍵には手動で開けるための鍵も付いていることは知っていたので、その鍵を持って、車のところへ行きました。開け方を知っていて良かった…などど思ったのも束の間…

ピーピーピーピー‼と!
鍵を開けた途端にレンタカーから盗難サイレンが鳴り響きました。

ドアを締めても音は止まず、周りの人の視線が刺さります。
でも、音は20回くらい鳴ったら止まりました。
あ〜、良かった。とまた開けると、
ピーピーピーピー‼
あれ?また鳴った(-_-;)
開けるたびに鳴るのでは困っちゃう…。

その上、車に乗ってみると鍵を入れる穴が無い…。
エッ?じゃあエンジンってどうかけるの?

この後もピーピーを繰り返しながら、携帯電話でレンタカー屋さんと連絡をとり、やっとエンジンがかけられたのは、30分くらい後でした。なので、フロントの人も心配して見に来てくれて、恥ずかしいの何の…。レンタカー屋さんにも、鍵は弁償なって、15000円くらいかかると言われて、大ショック…でした。
フロントの方に、事情を話して、濡れた鍵を開けるためのドライバーを貸してもらいました。ところがやっぱり上手く開きません。
見かねたフロントの男性が、「私がやりましょう。」と、開けてくれました。
ところが…開けてみると、中身は不思議なことに全く濡れていないのです!
「???」そして、電池もモチロン無事なようです。「大丈夫みたいですね。」と元通りにして頂き、試しに使って見ると…。(ドキドキ)
使えた!
でも‼今までの苦労は何だったの?(;_;)

ちなみに、電子鍵が電池切れや、濡らしたせいで使えなくても、エンジンをかける時には、その鍵をエンジンをかけるボタンの前にかざして、ボタンを押すとエンジンがかかります。ピーピーの音もエンジンをかけると止まります。


宿の方には何度も迷惑をかけてしまって、本当に恥ずかしい(T_T)

結局、鍵は壊れてなくて、良かったのですが。
洗濯したのにすごいな〜!と、反対にビックリでした。
でも、終わりよければ全て良し?としておきます。

母と夕ご飯を食べて、母の大好きなカラオケもして(ホテルにログハウスで出来たカラオケルームがありました。)また温泉に入り、ぐっすりと眠りました。この旅も、また、悲しい思い出満載になってしまったな〜


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by usakichi71 | 2017-11-15 20:52 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

母と二人旅 6 〜小浜温泉からくじゃく荘へ〜

旅の四日目の朝。この日もとてもいいお天気。雨女とは言えなくなっちゃうな〜。雲仙温泉の温泉神社をお参りしに行きましたが、おみくじは大吉でした。
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温泉神社の横にある柿の木は夫婦円満に効くと書いてあったので、私もお願いしてきました。
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雲仙は昔は外国人のお客さんが多く、大変モダンな場所だったそうです。小浜温泉の方から屈強な男性4人で担ぎ上げる輿(チェアカゴ)に乗って雲仙温泉まで来る外国人のお客さんがたくさんいたそうです。

この日は雲仙温泉から小浜温泉を通り、川棚まで行きます。そして、私が迷惑をかけてしまった宿に泊まる日なのです。

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雲仙温泉から小浜温泉までは車ではあっという間に着き、日本一長い足湯に浸かりました。温泉が100度以上あるので、蒸し釜料理が楽しめますが、朝ご飯を食べたばかりなので、アイスクリームで我慢して、川棚を目指しました。海が美しくて、心休まります。小浜の海は橘湾。とっても静かです。

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途中お昼はコンビニのおにぎりとサラダにしました。たくさん食べ過ぎてしまって苦しかったので丁度いいかな~と思ったのです。おにぎりは去年も寄った道の駅の外のテーブルで食べて、お茶を飲みました。とても暖かくて気持ちが良い天気でした。

川棚に着くと今回は石木地区にある、「石木小学校」へ行きました。母が通ったこの小学校は母の住んでいた新百津という所からは山を超えて通うような場所にあり、川棚中学校の前には川棚小学校があったのですが、母の母校は石木小学校だったのです。去年行った中学もですが、石木小学校もお休みの日ですが、校門は空いていて、近所の子どもたちが遊んでいました。昔はどこもこうだったのに、いつの間にか、学校の校庭も自由に入れなくなってして、世の中が窮屈になってしまったな〜と、感じる私です…。なので、学校の門が開いていて嬉しかったです。母は学校の周りの山を見て、こんなに近くに山があったんだね…とビックリしていました。
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学校を見て、少しドライブしたら大崎半島に向かいます。ここがこの日の宿、国民宿舎「くじゃく荘」のある場所でした。大崎半島は昔、母が遠足に来た場所です。


昔は無かったくじゃく園や海水浴場が出来ていて、大きなヤシの木?の様な物が生えていて、南国リゾート感がありました。宿には3時に着いたので、2日前の当日キャンセルをお詫びして、さっそくチェックインしました。
建物は半島の先端の丘の上にあり、大浴場が最上階にあるので、眺めも良くて開放的な良い温泉でした。まだ明るいうちに温泉につかり、とてもスッキリしました。温泉の外には大きな休憩所とコインランドリーがあったのでした。
洗剤も置いてあり、誰も使っていません…。この日が最後の夜で、家に帰ったら洗濯物がたくさんあるだろうし…ここで洗濯していくと楽ね~。と思いながら、部屋に戻ると、オートロックなので鍵がかかっていました。でも中には母がいるので、部屋についてるインターホンを2回鳴らしても、トントンドアをたたいても、おか~さ~ん!と呼んでも、出てきません。どこ行っちゃったのかな?とロビーや売店を見ても居ません…。仕方なくフロントで聞いてみると、職員の方が部屋まで来てくれてマスターキーでドアを開けてくれました。開けてみると、母は普通にテレビを見ていて…。耳が遠くなったのか?ノックもチャイムも聞こえなかったようです…。ああ、恥ずかしい…。
気を取り直して、コインランドリーの話をすると、母も洗いたいと言うので、二人分の洗濯物を持ってコインランドリーに行って洗濯することにしました。

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コインランドリーに行くと何故か一度ついた電気が切れてしまって、近くの電話でまたフロントのお世話になることに…。職員の方が来て下さり、蛍光灯を交換してくれました。

夕日がきれいで、休憩所からのんびり眺めていました。この後起きる悲劇も知らずに…。



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by usakichi71 | 2017-11-13 18:22 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

母と二人旅 5 〜雲仙温泉とプレミアムナイトツアー〜

がまだすドームを出たら、雲仙温泉へ向かいました。雲仙温泉には箱根の大涌谷のような場所があり、「雲仙地獄」と呼ばれて、遊歩道も整備されています。この日の夜泊まるのは、雲仙地獄のすぐ横にある「富貴屋」というホテルです。母は膝が痛いので、どの宿でもベッドの部屋を予約しました。
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ホテルに着いたらまずは、翌日泊まるホテルに電話して、前日の電話の事を謝りました。なんだか混乱して自分の非を認めていないような言い方をしちゃったな…と反省し、宿泊料も払った方が良いかな…と思ったのです。でも、電話に出たホテルの人はやっぱり明日泊まってくれるなら良いですよ、と言ってくれました。優しいホテルで良かった…。
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電話して安心したので母と雲仙地獄を散歩しました。硫黄の香りとモクモク白い蒸気が立ち上り、歩道の上まで暖かい感じです。
温泉卵が売られているのは大涌谷と一緒ですね。

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今はこんなに明るい雲仙も、キリシタンの拷問に使われていた時代もあります。その時は本当に地獄のようだったろうな、と思うと気持ちが暗くなりました。慰霊碑があったので手を合わせてきました。


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雲仙の富貴屋のお風呂は白濁している温泉で、とてもいい湯でした。なにしろ雲仙地獄のすぐ横なのでお湯も新鮮な気がしてよかったです。

お料理もおいしかったです。

お風呂にも入り、夕ご飯も食べたのですが、この日は更にお楽しみがありました。
出発前に色々インターネットを見ていたら、「雲仙仁田峠プレミアムナイト」というツアーの記事に目が留まりました。なんでも、雲仙温泉からバスで仁田峠のロープウェイ駅まで行き、ロープウェイで山頂まで行って、夜空を眺めるツアーのようです。11月4日が今年最後のツアーです。
出発は夜だし、私は星とか見たいけど、母は興味ないだろうと思い、私一人で申し込んでいい?と聞くと、「付き合うよ~。」と言うので、二人で申し込んでいたのです。

集合場所のバス乗り場はホテルのすぐそば。行ってみると満席のようでとってもたくさんの人が集まっていました。
結構寒くて、裏がアルミの貼ってあるシートが配られました。私はユニクロのライトダウンと母が編んだ帽子をかぶって参加しました。

ツアーのガイドさんは昼間は「湯煎餅」を製造販売しているお店の若旦那さん。雲仙が大好きな方です。

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ロープウェイのある仁田峠への道は夜間は通行禁止です。真っ暗な中を進み、バスを降りると気温は4℃まで下がっていました。さ、寒い。
ロープウェイに乗ると紅葉がライトアップされて見えました。綺麗~。
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ロープウェイの駅では島原半島の模型に町の灯りの投影して見せてくれました。

この日は満月。お月様がピカピカに光っています。空気が綺麗だからでしょうか?こんなに明るい月は初めて見ました。

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海を見ると町の光がキラキラ光っています。

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寒くて寒くて大変でしたが、本当にきれいなお月さまでした。

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(星はお月様が明るすぎてあんまり見えませんでした…残念。)
気温は2℃。母は死にそうだった…と文句を言っていましたが、良い思い出になりました…。
望遠鏡にカメラを近づけて撮った月の写真。半分しか映らなかったけど綺麗。
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by usakichi71 | 2017-11-12 21:47 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

母と二人旅 4 〜島原城からがまだすドームへ〜

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島原に行こうと思ったのは、私的には島原城に行ってみたかったからです。母は島原半島には来たことは無く、雲仙温泉にも行ったことは無いので、島原と雲仙の温泉に行けたら、母も楽しいだろうと思ったのです。
島原城は島原の町の端っこのほうにあり、駐車場がお城のすぐ下にあるので、お城に着いてから写真を撮るのは難しい~。
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お城の天守からは雲仙の山、眉山がきれいに見えました。
反対側を見ると海とその向こうに熊本の山々。
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お城は明治維新の際に廃城になって、解体されてしまったものを、昭和39年に再建したものなので、お城の中は鉄筋コンクリート造りの資料館です。母は何年か前に私たちと山陰旅行をして島根県の松江城に行っているのですが、松江城は本当に昔ながらの造りが残されていて、階段というか梯子というか?それを登るのも大変だったのですが、とても印象深いようで、「松江城と違うね~。あっちの方が本格的だったんだね~。」と言っていました。資料館の中にはキリシタンの迫害の図や天草四郎の絵など、色々な資料が展示されていました。
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お城を出たら島原の町を観光です。島原の町はとてもこじんまりしているので、本当は歩いて回るのにちょうどいいのですが、母は歩きたくないので、駐車場の側にある「四明荘」に行きました。お庭には大きな池がありますが、島原特有の湧水を利用していて、とてもきれいな水です。池の端っこに湧水の出ている場所がありました。

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町を歩くと湧水の流れる水路に錦鯉が放流されています。町中に水路があるわけではないのですが、水が流れているのを見るのは素敵ですね…。
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島原の町を出たら次は雲仙岳災害記念館「がまだすドーム」へ行きました。1990年からの「平成噴火」の資料と1792年の「島原大変」の両方が学べました。がまだすドームからは平成新山がよく見えます。この場所も元々は海だった場所で、平成噴火の土石流で埋まってしまった場所です。
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数々の展示のほかに体験型のシアターもありました。

がまだすドームでお昼になってしまったので、「具雑煮」と「かんざらし」のあっさり昼ごはんにしました。
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可愛いキャラクターの「ジーオ」と「ジーナ」
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「みずなし本陣ふかえ」という道の駅では土石流に埋まった家がそのまま保存されています。
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島原と言えば本当は「島原の乱」で一揆の勢力が立てこもった原城の跡にも行きたかったのですが、母は行きたくないと言うし、私も原城は一揆の勢力3万7千人が処刑された場所でもあるので、行くのが怖いと言うのが本心でした。島原は島原の乱で住民も大勢死んでしまって、そのあと雲仙の噴火もありましたが、今も大勢の人が住んでいるのは、きっと良い所だからなんでしょうね…。

もう歩きたくない母が、早く宿に行きたいというので、とっても早かったのですが、この日の宿に行くことにしました。
3泊目は雲仙温泉です。





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by usakichi71 | 2017-11-11 19:34 | おでかけ | Trackback | Comments(0)