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エフゲニー・オネーギン 〜別れても好きな人〜

火曜日の夜、東劇のMETライブビューイングを観に行きました。アンコール上映期間なので、観たかったけど、観れなかったものを観に行っています。「エフゲニー・オネーギン」チャイコフスキー作曲のロシア語上演作品です。

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ロシアの田舎で暮らす裕福な家庭の姉妹。タチヤーナとオリガ、タチヤーナは本が好きな美しい娘、オリガは近所に住むやっぱり裕福なレンスキーと恋仲で青春を謳歌している。ある日、レンスキーが友達を連れてやって来た。おじさんの遺産を相続したお金持ちの青年。エフゲニー・オネーギンだった。タチヤーナは彼に恋してしまい、徹夜で手紙を書き上げる。人づてに手紙を渡すと、オネーギンがやって来るが、その返事は冷たいものだった。その上、タチヤーナの名の祝いの席で、自分のウサを晴らすために、レンスキーの恋人であるオリガにわざと近づき、オリガもそれにマンマと乗ってしまい、婚約者のレンスキーをさしおいて、オネーギンと踊ってばかり…。レンスキーは侮辱されたと怒り、オネーギンに決闘を申し込んでしまう。
翌朝、決闘は決行され、レンスキーはアッサリと殺されてしまった…。
舞台は何年か後に変わり…。オネーギンは決闘の後、放浪の旅に出て、仕事も妻もなく無為に過ごしていた。久しぶりに都会に戻り社交界に出てみると、何やら皆に注目される美しい貴婦人が…。それはタチヤーナだった。自分が振った頃とは比べ物にならない気品に満ち堂々としたタチヤーナに、オネーギンは心を奪われる。
しかし、タチヤーナは困惑していた…。彼に呼び出され会いに来てしまうが、オネーギンには私の事は諦めて、と言う。年上の夫に一生尽くすつもりだと…。ところが、オネーギンはすべてを捨てて下さい等とタチヤーナに迫り、タチヤーナも本当はあなたを愛してる!と告白。でも、これで永遠の別れです。と告げるとオネーギンから去り、オネーギンは悲嘆にくれる…。

と、言ったあらすじでした。

自分を振った男、妹の婚約者を殺した男。そんな相手だけど、忘れられない…そんな人と再会したら…。私なら「愛してる」なんて、絶対言わないな〜。オペラでは二人は別れ、タチヤーナの貞節は守られるようなのですが、私はあの二人はまた、1週間後には何処かで出会い、苦しむ事になるのでは?と思いました。私なら本当は愛していても、「この、人殺し!憎んでる!」って怒って、「もう二度と私の前に出るな!」って言います。愛してると言うのは自分の気持ちはすっきりするだろうけど…。

でも、これがタチヤーナの自分を振った男への復讐なのでしょうか?だとしたら怖い。自分の気持ちも犠牲にしても、理不尽な男を後悔させるためには別れを告げるのかな?
オネーギンは過去に自分が冷たくあしらった娘なのに愛していますなんて、よく言えたな…。
等々、後から徒然と考えていました…。
恋も愛も人生に無くてはならないものですが、簡単にはうまくいかないのが普通なので、ドラマが生まれ芸術が生まれるのでしょうね。

チャイコフスキーの曲はとてもドラマティックで、主演の二人の演技も迫真に迫っていたので、とても良かった。

タチアーナの夫がバスで歌う曲も良かった。

「エフゲニー・オネーギン」はロシアでは教科書に出て来て授業で習うと言っていたが本当なのかな?どういうことを学ばせるために出てくるのかしら?






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by usakichi71 | 2017-09-30 08:27 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

ルサルカ 〜隣の芝生は青かった〜

先日、東劇にMETライブビューイングを観に行っ来ました。ドヴォルザーク作曲の「ルサルカ」で、チェコ語での上演でした。ルサルカは水の精。人間になりたいと憧れて、魔女のイェジババにお願いします。ルサルカは薬を飲み人間になりますが、声を失ってしまいます。何だか「人魚姫」と同じ展開ですが、人間になったルサルカは森で王子と出会い、結婚する事に…。ところがルサルカは声も出ないし、なぜか王子から逃げ惑う素振りです。王子の心はだんだんと、他の女性へ…。そして、破局。ルサルカは傷心で水の中に戻りますが、姉妹の水の精たちに追い払われてしまいます。イェジババはルサルカに人間の血で元に戻れるから王子を殺せ!と勧めますが、ルサルカは「王子には幸せになって欲しい」と断ります。そんなルサルカの元に王子がやってきます。ルサルカは自分が、接吻すると、死んでしまうと、警告しますが、王子はそれでも良いと、ルサルカに近づき、接吻したあと息絶えます。ルサルカは水の精に戻ることなく、森をさまよい歩くのでした…。

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ドヴォルザークはチェコの作曲家だと初めて知りました。曲はみんなドラマティックで詩情に溢れていて、登場人物も分かりやすいです。ダンスだけの登場人物もあるのですが、それも素敵でした。

それに、衣装がとても素敵で、イェジババのドレスの蜘蛛の巣模様や、ルサルカが水の精の時の衣装にはウットリでした。

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ルサルカは人間の情熱や愛に憧れるのですが、自分は人間になっても情熱的になれません。そして王子もそんな冷たげなルサルカより、情熱的な女性へと心変わりしてしまいます。
遠くから眺めていると素晴しいものに憧れる気持ちが、悲劇を生んだ。そう、教えてくれるオペラでした。
ハッピーエンドではないけれど、ルサルカは王子を裏切らないし、王子も最後はルサルカへの愛を取り戻すので、お伽話ではありますが、いいお話でした!







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by usakichi71 | 2017-09-01 07:38 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

メリー・ウィドウ 〜華やかなオペレッタの世界〜

ちょっと前の話ですが…、夏休み最終日、前日に引き続き、東銀座の東劇へ行きました。また、METライブビューイングをみるためです。水戸から二男が帰宅するので、お昼ごはんにハンバーグを作ってあげて、準備してから出かけました。
「メリー・ウィドウ」はお友達にCDを借りて、何度も聴いていたので、どの曲も(最後から2番目の曲以外は)耳に馴染みがあり、楽しめました。オペレッタは普通のセリフもあり、ミュージカルのような感じがします。でも、CDで聴いているだけでは良くわからなかった部分も良くわかりました。
主人公は大金持ちの未亡人ハンナと外交官ダニロ。二人は若い頃、恋人同士だったのに、ハンナの家に借金があったせいで周りに反対され結ばれなかった過去があります。その後ハンナは年寄の大富豪と結婚して直ぐに未亡人になってしまいました。
パリで再会した二人はまだ、お互いに愛し合っているのに、ダニロはなかなか本心が言えず、ハンナは分かっていても言葉で言ってもらいたい…。簡単に言うとそんな物語です。そこにさらに浮気な他の大人達の恋物語や二人の祖国の財政状況も絡んで、ドタバタもあり、でも誰も傷つかずにハッピーエンド。お洒落な大人の物語です。
残念なのはこのバージョンではニェグシュが故郷を懐かしんで歌う歌が省略されていたことでした。勿論あると思ってみていたのに出てこないので、ちょっぴり残念。でも、衣装や舞台はとても華やかで、楽しくて、安心してみていられました。

アンコール上映は9月まであるので、見逃した「ルサルカ」と「カルメン」それから「エフゲニー・オネーギン」を見る予定です。お得な4枚つづりの特別鑑賞券も買いました。

夏休みは2泊3日の旅行と、METライブビューイング鑑賞で終わりました。
夏休みはあと少し取れるので、9月に大人の休日俱楽部パスを利用して秋田に行ってみる予定です。一人旅なので不安ですが、行ってきます。

写真は小淵沢のあじさい。涼しいのでまだ綺麗に咲いていましたよ。


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by usakichi71 | 2017-08-21 07:47 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

セヴィリャの理髪師

旅行から戻った夏休みの日曜日。翌日もお休みで安心なので、夕方の6時半から始まるMETライブビューイングを見に、東銀座の東劇まで行って来ました。この日は毎年夏にある、アンコール上映期間で、2007年に上演された「セヴィリャの理髪師」の上映日でした。
これは「フィガロの結婚」の前編の話なんだよ、と以前お友達から聞いていたのですが、とても楽しいお話しでした。でも、先にこちらを見てから、フィガロの結婚を観ていたら、かなり印象が変わってしまったかも…伯爵も伯爵夫人もフィガロも…。

あらすじを簡単に言うと、舞台はセヴィリアの街。伯爵は医師のバルトロの姪のロジーナに恋をします。彼女の家の前で歌を歌ったり、酔っ払った兵士のふりして家に押し入ったり、音楽教師の代理に化けて訪問したり、あの手この手でアプローチするのですが、その手助けをするのが、街の便利屋、理髪師のフィガロです。女の子達にはモテモテで、機転のきくフィガロは伯爵の恋を実らせるため頑張ります。バルトロはロジーナの後見人ですが、ロジーナには相続した遺産があるので、それを狙ってロジーナと結婚しょうとしているのです。伯爵はロジーナに初めは自分は貧乏学生だと言って近づきます。(彼女も財産目当てだったら困るから?)それが原因で、ごちゃごちゃするのですが、最後はハッピーエンド、誰も死なないし、歌もフィガロの有名な歌が出て来て、私もとても楽しめました!

フィガロの結婚では生粋の貴婦人の雰囲気の伯爵夫人と、ロジーナが同一人物だとしたら、実は伯爵夫人も元々は気が強い、可愛い女の子だったのだな…。と分かり、伯爵も、とても一途な若者なのに何であんなに浮気な男に変わってしまうの?と、悲しくもあり…。
また、自由気ままなフィガロがなんで伯爵家の召使になってしまったのかな?と疑問も湧いてきました。

6時半から始まり、終わりは10時近いので、帰りが遅くなりましたが、翌日もお休み!翌日もまた東劇通いです。

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by usakichi71 | 2017-08-18 22:32 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

懲りない夫につける薬は?〜「フィガロの結婚」

世間でも、妻が居るのにハワイで結婚式を挙げてしまった政治家さんのことが話題ですが、どうして男の人は浮気に走りやすいのでしょうか?それも、社会的に成功したお金持ちの人はそうなりやすいのでしょうか?

「フィガロの結婚」に出てくる伯爵もそんな人です。使用人のフィガロとスザンヌの二人の結婚を素直に祝えず、自分の好きな女を使用人に奪われるなんて!と、逆恨みしています。でも、スザンヌ以外にも手を出している女は数しれず、妻の伯爵夫人は惨めな気持ちを味わって居るのです。浮気なのに嫉妬深い伯爵は伯爵夫人に憧れるケルビーノという若者も無慈悲に軍隊に追いやろうとするし、思いやりの無い暴君。フィガロ、スザンヌ、伯爵夫人はそんな伯爵を懲らしめるために計画を練ります…。

題名が「フィガロの結婚」なので、私は主役はフィガロ?と思っていましたが、今日観て、はっきり解りましたが、主役は伯爵夫人なのですね…。

オペラを昔はどんな人達が観ていたのでしょうね?美しく優しさも備えた高貴な身分の女性が愛されず、苦しみ、でも最後は夫を懲らしめて、皆がハッピー。まぁ、私の事みたいと、上流階級の奥様たちにとてもウケたのでは?なんて、考えてしまいました。でも、フィガロのような庶民も観ていたのかな?機転を効かせて、ピンチを切り抜けて愛する人を伯爵から守り抜く、痛快さがウケたのかも。こんど、調べてみよう。

でも、観ているときはそんな事を考える暇はなく、「愛の神よ…」は聴いていると、美し過ぎて、涙が出てしまいました。
伯爵夫人役はアガ・ミコライさん。素晴らしかったです。

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それにしても、懲りない夫につける薬は?

無いのかも。

いつの世も素直な妻は我儘な夫に振り回され、それでも、許しをこわれれば許す。
それが良いことなのか?自分ならどうするのか?は別として、普遍的なお話なのでしょうね。

(4月23日 新国立劇場にて。)







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by usakichi71 | 2017-04-24 18:14 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

「ロミオとジュリエット」 〜ライブビューイング〜

この前の土曜日は豊川稲荷に行った後、娘と夫とお昼を食べ、その後、東劇でMETライブビューイング(ニューヨークで上演されたオペラを映画のようにを見やすく編集してくれたもの。)を見てきました。今回は「ロミオとジュリエット」去年の秋に新国立劇場でバレエを観たばかりなので、その印象が強く残っていて、つい、比較ばかりしてしまいました。

バレエは音楽は「プロコフィエフ」オペラは「グノー」の作曲です。バレエの方は音楽が登場人物の心象やこの後起こる悲劇まで予感させるような劇的な音楽なのですが、オペラの方はやっぱり歌で聴かせる音楽なんだな〜と、素人ながらそう感じました。

そして、バレエは当然ながらほっそりとした儚げなジュリエット。オペラは体を楽器並に響かせないといけないからか、ふっくらした力強いジュリエット。同じ14歳の設定でも、オペラはオバサンが若ぶっている様に見えてしまう。

そして、第一幕、お昼ごはんでお腹いっぱいの私は睡魔との戦いが…。お昼を食べてからは駄目ですね(*´Д`)。


ラストの墓所での最後もバレエではロミオが息絶えた後にジュリエットが目覚めるのですが、オペラではロミオが毒薬を飲み干した後にジュリエットが目覚め、ジュリエットが短剣で胸を刺して、ほぼ同時ぐらいに二人は息を引き取ります。
最後まですれ違いのバレエの方が切なさが大きいですね。でも、それにしても、いつも思うのは無責任な神父様。何でロミオにきちんと連絡しないんだろ?
はぁ、今回はちゃんとした感想も書けません。

そんな訳で、やっぱり、眠たい時は何をしても無駄だと感じた私です。

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by usakichi71 | 2017-02-28 07:29 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

若すぎた「蝶々夫人」



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プッチーニの有名なオペラ「蝶々夫人」。先日、新国立劇場に観に行ってきました。この日は一人で行く日だったのですが、いつも通り、30分前には着くように出掛けたにもかかわらず、電車の遅れで、駅に着いた時にはもう、開演1分前でした(*´Д`)
「もう、間に合わない〜!」と絶望的な気持ちになりながらも、駅から走って行ってみると、チケットを切ってくれるスタッフさんから、「まだ、間に合いますよ。」と優しい声!的確な声掛けと案内で、とても素早く席に着き、そして本当に間に合ったのです!演奏の始まる1分前。コートを脱ぐ暇もありませんでした。でも、間に合って良かった。

蝶々夫人も有名なので、「日本人の妻が、長崎で、外国人の夫の帰りを待つ悲劇。」ぐらいは知っていたし、アリア「ある晴れた日に」は聴いたことがありました。初心者向けのオペラで、新国立劇場でも安価で高校生向けに公演したりしていたので、私でも楽しめるに違いない。と思っていました。

今回、観ることができて、あらすじも正確に分かったし、外国から見た日本を感じて面白かったです。
作曲家が、行ったことも無い国を題材に曲を作り、それが見た人たちにその国の印象として残ってしまうのは余りに違いがあったら大迷惑でしょうが、こうして日本でも上演されて、受け入れられているのは、やはり、日本人から観てもいい作品だからなんでしょうね。

あらすじ
落ちぶれた武士の娘で芸者の蝶々さんは15才、仲介屋のゴローの勧めで、アメリカの海軍士官のピンカートンと結婚をします。ピンカートンにとっては、この結婚は単なる旅の慰み、この場限りのものですが、結婚相手の蝶々さんの美しさに喜び、愛の言葉を囁きます。蝶々さんにとっては結婚は正式なもの、外国の人と結婚するためには、宗教だって改宗して、一生連れ添う覚悟です。
でも、そのせいで、親戚一同に縁を切られてしまいます。
それでも、蝶々さんはピンカートン夫人になれたことを幸せに思い、二人は幸せに包まれます。
何しろ蝶々さんは15歳なのです。父を亡くし、母は頼れず、芸者の生活から人の妻になったからには、一生自分を守ってくれる人を求めていたはずです。ピンカートンにとっても天涯孤独となった蝶々さんは周りから何も言われず、都合が良かったのですね。でも、領事のシャープレスはピンカートンに注意します。彼女を傷つけてはいけないと!

ピンカートンがアメリカへ戻って三年が過ぎています。「駒鳥が巣を作る頃に戻る」と言った言葉を信じて待ち続けている蝶々さん。ピンカートンがアメリカへ戻った後に産まれた息子とお手伝いのスズキさんと静かに暮らしています。でも、ピンカートンが帰国の際に残していったお金(多分、ピンカートンにとっては手切れ金)もそろそろ無くなりそうです。仲介屋の五郎はまた、良いところの旦那様を蝶々さんに紹介しますが、蝶々さんはうんとは言いません。なにしろ蝶々さんは武士の娘なんです。正式に結婚した夫が居るのだから、夫は絶対帰って来る!と信じているんです。「ある晴れた日に…」は蝶々さんが夫の乗った船が帰って来ても、私は港まで行ったりしないで家で待っている、って歌うのですが、その理由は「嬉しすぎて会った途端に死んでしまいそうだから!」
いじらしくて泣けてきます。どれだけ不安で、寂しくて、待ち続けていたんだろう!何しろ、蝶々さんはこの時にもまだ10代か20代になったばかりで、誰かの庇護を必要としているのです。

そんな切ない蝶々さんをベテランの安藤赴美子さんがとても美しく歌い上げていました。

そして、遂に、ピンカートンの乗った船が戻って来ます。蝶々さんは嬉しくて、家の中に庭中の花を集め、自らも花嫁衣裳に着替えて夫の帰りを待ち続けます。ところが、ピンカートンは帰って来ません。その晩、寝ずに待っていた蝶々さんは朝になり疲れて寝てしまいました。

明け方、蝶々さんが寝ている間に、ピンカートンがアメリカ人の花嫁をつれて現れます…。息子と二人、自分を一途に待ち続けた蝶々さんの事を知り、罪の重さに恐れをなしたピンカートンは妻を残して逃げ去ってしまいます。そして、残されたアメリカ人花嫁は、蝶々さんの息子を引き取って育てると蝶々さんに伝えるのです。

全てを悟った蝶々さんは、後でピンカートンに息子を引き取りに来てほしいと伝えて、父の形見の短刀で自らの命を断つのでした…。

正式な妻はこの人です!と見せられて、そして、自分に会うこともしてくれない夫を知り、自分を庇護してくれる人が居なくなっていた事を悟り、その事実を受け入れていなかったのは自分だけだと悟り、恥をかいて生きるよりは死ぬしか無いと決めた蝶々さん。その死を止める人も居ない孤独な蝶々さんは、本当に若すぎでした。

オペラでは若くて不安定な歌手では役を貰えないのでしょうが、私は本当に若い、20歳前の歌手が歌うところを観てみたいな~と思いました。若すぎた蝶々さん…。ストーリーを知ると前から知っていた歌も違って聞こえますね。










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by usakichi71 | 2017-02-16 20:52 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

カルメン 〜諸行無常を知る女〜

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日曜日、長女と二人で新国立劇場にオペラ「カルメン」を観に行ってきました。カルメンはビゼー作曲の有名な作品、なので、何となく大体のあらすじは知っていました。スペインが舞台で、自由奔放なカルメンと言う女に振り回される男、そしてラストはカルメンが殺される悲劇。その位のざっくりとした感じです。今回は娘と二人で観に行ったのですが、観る前に娘に「カルメン」って悪女なの?と聞かれましたが、私はそうだ、とは言いませんでした。
別に実在の人物でも無く、観ている人、一人一人が違うカルメン像を思い描くのです。私はこう感じた!といい合うのが楽しいのよと、娘に言いました。

そして、今回の私の感想を書いていこうと思います。

まず、感じたのはドン・ホセの頼りなさ。

不器用で真面目な青年。恋敵になる闘牛士はカルメンの愛は半年と保たないと分かりきった上でカルメンに迫りますが、ドン・ホセは変わらない愛を求めています。不器用で真面目な人間なら、それは簡単な事かもしれないけれど、器用で変化を恐れない人間には変わることの無い愛の方が偽りに見えるのでしょう。

そして、カルメンの自由奔放だけど、ある意味正直な強い生き方。

カルメンは冒頭から「恋は野の鳥」と歌います。自由である事がカルメンには一番重要なのです。
でも、自分になびかない男なんて居ない!と自信もあり、真面目なドン・ホセに花を投げ誘惑するのです。
ドン・ホセの故郷には彼に相応しいミカエラと言う質素なしっかりした婚約者がおり、彼の母からの遣いで、彼の元に手紙を届けにやってきたりもするのです。ドン・ホセはミカエラと会うとミカエラが好きだ!と思い、だからこそ、カルメンには目もくれまいと思っていたのです。なのに…不器用で田舎者のドン・ホセは艶やかな花のようなカルメンに誘われると、全てを忘れてしまいます。騒ぎを起こして逮捕されたカルメンの逃亡を助けて2カ月も牢屋に入れられますが、牢屋を出ると真っ先にカルメンのところへ行ってしまうのです。ドン・ホセが来るとカルメンは、一緒に遠くへ行きましょうと誘います。もちろんドン・ホセはそんなことは望んでいません。ただ、美しいカルメンに愛してもらいたいだけなのに、カルメンはドン・ホセに全てを捨てて自分と来るように迫ります。
そして、その通りに全てを捨ててドン・ホセはカルメンと一緒に密輸団の一員として山賊のような生活に落ちぶれて行くのですが、カルメンの愛はそう長くは続かないのです。
一度は瀕死だという母の元に戻ったドン・ホセですが、再び、カルメンの元に舞い戻ります。

カルメンは愛については嘘をつきません。もう離れてしまった心は二度と戻らないのです。

占いで死のカードを出し、自分が死ぬかもしれないと、分かっていても、カルメンは恐れません。
そして、悲劇…。

ドン・ホセはなぜ、カルメンを諦めて田舎に帰らないのでしょう?それじゃ話にならないからなのは当たり前ですが、諦められずに悲劇になる、と言うのが普遍的に起こることだからなのでしょうか。
多かれ少なかれ、男は女に振り回され苦い思い出があり、女は離れた心は取り返しがつかないと知っている。ここまで派手では無いけどね…。

だからこそ、カルメンはいつまでも愛される作品なのかな?

音楽もとても素敵です。冒頭から次々と聞いたことのある音楽なので、娘は「これも、これも、カルメンの曲なんだ!」と驚いていましたし、フルートなどの管楽器の調べが印象的で、とても面白かったです。
歌の方は、タバコ工場の女工たちの歌う歌など、綺麗な歌がたくさんで、とにかく全編、楽しめました。ミカエラ役の砂川涼子さんはとても素晴らしかった!主役の二人と闘牛士役の方は外国の人なのです。私は初心者なので何とも言えないのですが、迫力、風格、演技、と、言う点では日本人では負けてしまうのかな?

今回もとても楽しめたオペラ鑑賞。
来月は「蝶々夫人」を観に行きます。
蛇足ですが、私は不器用な人間なので愛は変わらないと信じたい人です。




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by usakichi71 | 2017-01-26 06:54 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

ラ・ボエーム ~青春時代が夢なんて~

土曜日、お友達と新国立劇場にオペラを観に行ってきました。「ラ・ボエーム」 有名だし、いいお話なんだろうな~。なんて軽い気持ちで観に行きましたが、涙、涙、涙。
とても、面白かったです。
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~あらすじ~
第一幕 舞台は1830年頃のクリスマスイブの夜。パリの屋根裏部屋で、貧乏な芸術家たちが共同生活をしています。彼らはボエーム(ボヘミアン)お金もなく、薪も食べ物もありませんが、何故か楽しそう。自由に未来の自分を信じて生きています。詩人のロドルフォと絵描きのマルチェッロはロドルフォの作品を暖炉にくべて暖を取ります。そこへ、音楽家のショナールと哲学者のコッリーネがやってきて、ショナールの稼ぎで街へ食事に出かけることになります。ロドルフォは一つ原稿を仕上げてから出かけると仲間に伝え、原稿を書いていると、同じアパートのお針子のミミが、ローソクの火を貸して欲しいと現れます。二人は出会い、恋に落ちてしまいます。

二人は暗闇の中で一緒に鍵を探し、手が触れ合います。ロドルフォが「冷たい手を」ミミが「私の名はミミ」と歌い、互いの紹介をするのですが、歌詞が素晴らしいのです。ミミの歌は「バラとユリを育てています」「バラの優しい香り」「でも、私の刺繍する花には香りがないの」等の言葉の入った歌詞なのですが、ミミもロドルフォと同じ屋根裏部屋の住人です。貧しい生活のはずです。ユリもバラも、ふるさとから持ってきた小さな鉢植えなんだろうな、と想像してしまいました。

第二幕 二人は一緒に仲間を追いかけて街に繰り出します。クリスマスイブの街は大賑わい。仲間たちで楽しくやっていると、マルチェッロの元恋人ムゼッタが、年寄りのパトロンと現れます。マルチェッロは無視していますがムゼッタは違いました。足が痛いと、赤いペチコートを見せびらかせパトロンには靴を買いに行かせ、マルチェッロによりを戻そうとやって来ます。そして、さんざん飲み食いした代金までもパトロンの勘定に追加して、ボエームたちは兵隊のパレードにまぎれてその場を去るのでした。

第三幕 季節は雪のシンシンと降る冬です。あのクリスマスイブの直ぐ後なのか?何年か後なのかは分かりませんが、ミミは結核にかかっています。雪の中ミミはマルチェッロを訪ねて居酒屋へとやって来ます。マルチェッロは店の看板の絵を描き、ムゼッタは歌を教えながら二人でここで暮らしているのです。ミミはロドルフォと屋根裏部屋に住んで居るのですが、最近、ロドルフォが自分に辛く当たることを訴えます。ロドルフォもこの店に来ていて、ミミのいる外へでてきたので、マルチェッロはミミに帰るように言いますが、ミミは隠れて二人の会話を聞いていました。ロドルフォは本当はミミの病気を直してあげる経済力がないので、ミミと別れたいと思っていた事が分かってしまいます。嫌われていたわけではないと、分かったミミは別れることに同意はするのですが、こんな寒い季節には別れたくないと言い、春になったら、別れると約束し和解します。そんな二人と裏腹に、マルチェッロとムゼッタは罵り合います。夫でもないのにでかい顔をするな!浮気者!へび!ひきがえる!魔女!と、悪口を言い合い二人は別れてしまいます。

第四幕 ミミと別れたロドルフォ。彼はマルチェッロたちと、屋根裏部屋で相変わらずの生活です。ミミはお金持ちのパトロンを見つけ、出て行ったあと。マルチェッロもムゼッタと別れたので、また二人で暮らしているのです。
そこへ、また、コッリーネとショナールの二人もやってきて、四人でふざけていると、ムゼッタがミミを連れてやってきます。ミミは既に瀕死の状態で、最後にロドルフォに会いたくて、やって来るのです。マルチェッロとムゼッタは医師を探しに出かけ、コッリーネとショナールも二人を気遣い席を外します。二人きりになったロドルフォとミミは出会ったばかりの時の思い出を語り合います。手が冷たいと寒がるミミに、ムゼッタが買ってきたマフをロドルフォからのプレゼントだよと、渡します。コッリーネもトレードマークの古い外套を売り医者の支払いのためにお金を作って帰ってきます。みんなに囲まれて、ミミは眠るように死んでしまうのです。ロドルフォのミミを呼ぶ声が屋根裏部屋に響くのでした。おしまい。


今の人達から見たら、ただの純愛物語なのです。私も初めはそう思いました。でも、ミミがお針子で、その当時のお針子の立場を考えると、これは一言で純愛という事には出来ない事がわかりました。この頃のお針子は、地方から出て来た若い娘が多く、勿論、洋服を作る職業人なのですが、それ以外に、娼婦でもなく、良家の子女でもなく、おおっぴらに援助交際の出来る相手、という側面もあったのです。服装も小奇麗で、若く可愛いお針子娘は、学生やいい所の坊っちゃんが結婚前にちょっと遊ぶ相手。真面目に結婚まで考えてくれる相手に巡り会うのは難しかったかもしれません。なので、見方によっては、ロドルフォとの出会いもミミが仕組んだ事かもしれないし、ロドルフォも初めから火遊びの恋だつたのかもしれません。そうすると、全然純愛じゃなくなってしまうのですか、私には、「人間だもの、色々間違いもあるし、思い通りに行かないよ。でも、人を愛したその気持ちは決して嘘じゃないし、誰でもこんな若者たちの時がありましたよね?」って言われているような、人間讃歌の舞台にみえたのでした。
歌も素晴らしく心にしみて、満足なオペラ鑑賞ができました!


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by usakichi71 | 2016-11-30 07:50 | おでかけ | Trackback(1) | Comments(0)

結婚って何だ? ~「フィガロの結婚」を観て~

この前の日曜日。東銀座の東劇で、METライブビューイングアンコール2016で、モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」を観て来ました。アンコールなので、これも、2014年10月に上演されたものです。舞台を撮影しているので、舞台を見ているような臨場感もあり、映画のようにアップで表情までよくわかり、私は大好きなんです。

「フィガロの結婚」は昔々、お友達と大学の発表会を見に行ったり、CDで聴いたりと、その位なのですが、楽しい曲ばかりだし、鼻歌でフンフンと歌えるくらいは馴染んでいるので、聴きやすいだろうなー。と思っていました。でも、あらすじはほとんどうろ覚え。今回観て、あらすじも再認識出来たので、ここに、記しておこうと思います。
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あらすじ
時は1930年代(原作より新しい時代設定なのに、全然違和感ありません!)伯爵家の使用人のフィガロとスザンヌの結婚式が準備されています。伯爵は浮気者。使用人の女たちにも手を出し、スザンヌの事も狙っています。昔は「初夜権」なんて言う制度があり、主人が使用人の結婚相手に手を出す権利があったのを、伯爵は時代の流れに逆らえず廃止したのに、スザンヌが可愛いので、何とか手を出したい!と狙っています。
伯爵夫人はそんな夫を悲しく思い、夫をこらしめるため、夫人に思いを寄せるケルビーノと言う少年を女装させて、夫をおとしいれようとしますが、上手く行きません。
フィガロにも、借金の代わりに結婚するように!と迫ってくるおばさんがいたりと、波乱があります。
でも、喜劇なので、おばさんは実はフィガロの実のお母さんだったと判り、楽しく結婚式が執り行われるのですが、それでも伯爵は、スザンヌの事を諦めていない様子。そこで、スザンヌは逢引の約束をし伯爵を誘き出すと、伯爵夫人と服を取替えます。スザンヌの振りをした伯爵婦人に浮気の証拠をガッチリと掴まれてしまった伯爵は、伯爵夫人に謝り許しをこいます。すると、伯爵夫人はアッサリと夫を許し、ハッピーエンドとなるのでした!

あらすじは、こんな感じですが、今回、1番素晴らしかったのは伯爵夫人は役のアマンダ・マジェスキーさん。夫が元のように私を愛してくれたなら。と歌う「愛の神よ」とか、とても情感が伝わり、素敵でした。

このお話には3組の夫婦が登場します。これから結婚するフィガロとスザンヌ、倦怠期の伯爵夫妻、それからフィガロの両親。
フィガロたちは熱々で、愛に溢れています。お互いを求め合い、いつまでも愛し合うと信じています。
伯爵は妻以外ばかりに目をやり、美しい妻には飽きています。でも、飽きているけど嫉妬深く、妻の浮気は許さないのです。伯爵夫人はそんな夫を悲しく思っていますが、自らは浮気もせず夫を愛しているようです。
フィガロの両親は昔々愛し合いながらも、結婚もせず、打算的に付き合ってきた仲です。でも、歳をとり、フィガロという息子が見つかったのを機に結婚することになります。

どの結婚も今の世の中でも変わることなくアルアル、と思う形です。人間の生活の仕方がどんなに変わっても、人を愛する事、人間の感情というものは全然変わらないものなんですね。だからこそ、古い作品も古くならない。

伯爵の浮気がバレ、謝った時、夫を許した伯爵婦人がいいます。「私は、貴方と違って素直ですから。」

ううう、優しすぎる。と、唸ってしまった私は、伯爵婦人にはなれそうもありませんが、いつの世も結婚って難しいものなのだ、と言う事だけはよくわかりました。


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by usakichi71 | 2016-08-20 15:30 | おでかけ | Trackback(1) | Comments(0)