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セヴィリャの理髪師

旅行から戻った夏休みの日曜日。翌日もお休みで安心なので、夕方の6時半から始まるMETライブビューイングを見に、東銀座の東劇まで行って来ました。この日は毎年夏にある、アンコール上映期間で、2007年に上演された「セヴィリャの理髪師」の上映日でした。
これは「フィガロの結婚」の前編の話なんだよ、と以前お友達から聞いていたのですが、とても楽しいお話しでした。でも、先にこちらを見てから、フィガロの結婚を観ていたら、かなり印象が変わってしまったかも…伯爵も伯爵夫人もフィガロも…。

あらすじを簡単に言うと、舞台はセヴィリアの街。伯爵は医師のバルトロの姪のロジーナに恋をします。彼女の家の前で歌を歌ったり、酔っ払った兵士のふりして家に押し入ったり、音楽教師の代理に化けて訪問したり、あの手この手でアプローチするのですが、その手助けをするのが、街の便利屋、理髪師のフィガロです。女の子達にはモテモテで、機転のきくフィガロは伯爵の恋を実らせるため頑張ります。バルトロはロジーナの後見人ですが、ロジーナには相続した遺産があるので、それを狙ってロジーナと結婚しょうとしているのです。伯爵はロジーナに初めは自分は貧乏学生だと言って近づきます。(彼女も財産目当てだったら困るから?)それが原因で、ごちゃごちゃするのですが、最後はハッピーエンド、誰も死なないし、歌もフィガロの有名な歌が出て来て、私もとても楽しめました!

フィガロの結婚では生粋の貴婦人の雰囲気の伯爵夫人と、ロジーナが同一人物だとしたら、実は伯爵夫人も元々は気が強い、可愛い女の子だったのだな…。と分かり、伯爵も、とても一途な若者なのに何であんなに浮気な男に変わってしまうの?と、悲しくもあり…。
また、自由気ままなフィガロがなんで伯爵家の召使になってしまったのかな?と疑問も湧いてきました。

6時半から始まり、終わりは10時近いので、帰りが遅くなりましたが、翌日もお休み!翌日もまた東劇通いです。

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by usakichi71 | 2017-08-18 22:32 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

懲りない夫につける薬は?〜「フィガロの結婚」

世間でも、妻が居るのにハワイで結婚式を挙げてしまった政治家さんのことが話題ですが、どうして男の人は浮気に走りやすいのでしょうか?それも、社会的に成功したお金持ちの人はそうなりやすいのでしょうか?

「フィガロの結婚」に出てくる伯爵もそんな人です。使用人のフィガロとスザンヌの二人の結婚を素直に祝えず、自分の好きな女を使用人に奪われるなんて!と、逆恨みしています。でも、スザンヌ以外にも手を出している女は数しれず、妻の伯爵夫人は惨めな気持ちを味わって居るのです。浮気なのに嫉妬深い伯爵は伯爵夫人に憧れるケルビーノという若者も無慈悲に軍隊に追いやろうとするし、思いやりの無い暴君。フィガロ、スザンヌ、伯爵夫人はそんな伯爵を懲らしめるために計画を練ります…。

題名が「フィガロの結婚」なので、私は主役はフィガロ?と思っていましたが、今日観て、はっきり解りましたが、主役は伯爵夫人なのですね…。

オペラを昔はどんな人達が観ていたのでしょうね?美しく優しさも備えた高貴な身分の女性が愛されず、苦しみ、でも最後は夫を懲らしめて、皆がハッピー。まぁ、私の事みたいと、上流階級の奥様たちにとてもウケたのでは?なんて、考えてしまいました。でも、フィガロのような庶民も観ていたのかな?機転を効かせて、ピンチを切り抜けて愛する人を伯爵から守り抜く、痛快さがウケたのかも。こんど、調べてみよう。

でも、観ているときはそんな事を考える暇はなく、「愛の神よ…」は聴いていると、美し過ぎて、涙が出てしまいました。
伯爵夫人役はアガ・ミコライさん。素晴らしかったです。

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それにしても、懲りない夫につける薬は?

無いのかも。

いつの世も素直な妻は我儘な夫に振り回され、それでも、許しをこわれれば許す。
それが良いことなのか?自分ならどうするのか?は別として、普遍的なお話なのでしょうね。

(4月23日 新国立劇場にて。)







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by usakichi71 | 2017-04-24 18:14 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

「ロミオとジュリエット」 〜ライブビューイング〜

この前の土曜日は豊川稲荷に行った後、娘と夫とお昼を食べ、その後、東劇でMETライブビューイング(ニューヨークで上演されたオペラを映画のようにを見やすく編集してくれたもの。)を見てきました。今回は「ロミオとジュリエット」去年の秋に新国立劇場でバレエを観たばかりなので、その印象が強く残っていて、つい、比較ばかりしてしまいました。

バレエは音楽は「プロコフィエフ」オペラは「グノー」の作曲です。バレエの方は音楽が登場人物の心象やこの後起こる悲劇まで予感させるような劇的な音楽なのですが、オペラの方はやっぱり歌で聴かせる音楽なんだな〜と、素人ながらそう感じました。

そして、バレエは当然ながらほっそりとした儚げなジュリエット。オペラは体を楽器並に響かせないといけないからか、ふっくらした力強いジュリエット。同じ14歳の設定でも、オペラはオバサンが若ぶっている様に見えてしまう。

そして、第一幕、お昼ごはんでお腹いっぱいの私は睡魔との戦いが…。お昼を食べてからは駄目ですね(*´Д`)。


ラストの墓所での最後もバレエではロミオが息絶えた後にジュリエットが目覚めるのですが、オペラではロミオが毒薬を飲み干した後にジュリエットが目覚め、ジュリエットが短剣で胸を刺して、ほぼ同時ぐらいに二人は息を引き取ります。
最後まですれ違いのバレエの方が切なさが大きいですね。でも、それにしても、いつも思うのは無責任な神父様。何でロミオにきちんと連絡しないんだろ?
はぁ、今回はちゃんとした感想も書けません。

そんな訳で、やっぱり、眠たい時は何をしても無駄だと感じた私です。

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by usakichi71 | 2017-02-28 07:29 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

若すぎた「蝶々夫人」



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プッチーニの有名なオペラ「蝶々夫人」。先日、新国立劇場に観に行ってきました。この日は一人で行く日だったのですが、いつも通り、30分前には着くように出掛けたにもかかわらず、電車の遅れで、駅に着いた時にはもう、開演1分前でした(*´Д`)
「もう、間に合わない〜!」と絶望的な気持ちになりながらも、駅から走って行ってみると、チケットを切ってくれるスタッフさんから、「まだ、間に合いますよ。」と優しい声!的確な声掛けと案内で、とても素早く席に着き、そして本当に間に合ったのです!演奏の始まる1分前。コートを脱ぐ暇もありませんでした。でも、間に合って良かった。

蝶々夫人も有名なので、「日本人の妻が、長崎で、外国人の夫の帰りを待つ悲劇。」ぐらいは知っていたし、アリア「ある晴れた日に」は聴いたことがありました。初心者向けのオペラで、新国立劇場でも安価で高校生向けに公演したりしていたので、私でも楽しめるに違いない。と思っていました。

今回、観ることができて、あらすじも正確に分かったし、外国から見た日本を感じて面白かったです。
作曲家が、行ったことも無い国を題材に曲を作り、それが見た人たちにその国の印象として残ってしまうのは余りに違いがあったら大迷惑でしょうが、こうして日本でも上演されて、受け入れられているのは、やはり、日本人から観てもいい作品だからなんでしょうね。

あらすじ
落ちぶれた武士の娘で芸者の蝶々さんは15才、仲介屋のゴローの勧めで、アメリカの海軍士官のピンカートンと結婚をします。ピンカートンにとっては、この結婚は単なる旅の慰み、この場限りのものですが、結婚相手の蝶々さんの美しさに喜び、愛の言葉を囁きます。蝶々さんにとっては結婚は正式なもの、外国の人と結婚するためには、宗教だって改宗して、一生連れ添う覚悟です。
でも、そのせいで、親戚一同に縁を切られてしまいます。
それでも、蝶々さんはピンカートン夫人になれたことを幸せに思い、二人は幸せに包まれます。
何しろ蝶々さんは15歳なのです。父を亡くし、母は頼れず、芸者の生活から人の妻になったからには、一生自分を守ってくれる人を求めていたはずです。ピンカートンにとっても天涯孤独となった蝶々さんは周りから何も言われず、都合が良かったのですね。でも、領事のシャープレスはピンカートンに注意します。彼女を傷つけてはいけないと!

ピンカートンがアメリカへ戻って三年が過ぎています。「駒鳥が巣を作る頃に戻る」と言った言葉を信じて待ち続けている蝶々さん。ピンカートンがアメリカへ戻った後に産まれた息子とお手伝いのスズキさんと静かに暮らしています。でも、ピンカートンが帰国の際に残していったお金(多分、ピンカートンにとっては手切れ金)もそろそろ無くなりそうです。仲介屋の五郎はまた、良いところの旦那様を蝶々さんに紹介しますが、蝶々さんはうんとは言いません。なにしろ蝶々さんは武士の娘なんです。正式に結婚した夫が居るのだから、夫は絶対帰って来る!と信じているんです。「ある晴れた日に…」は蝶々さんが夫の乗った船が帰って来ても、私は港まで行ったりしないで家で待っている、って歌うのですが、その理由は「嬉しすぎて会った途端に死んでしまいそうだから!」
いじらしくて泣けてきます。どれだけ不安で、寂しくて、待ち続けていたんだろう!何しろ、蝶々さんはこの時にもまだ10代か20代になったばかりで、誰かの庇護を必要としているのです。

そんな切ない蝶々さんをベテランの安藤赴美子さんがとても美しく歌い上げていました。

そして、遂に、ピンカートンの乗った船が戻って来ます。蝶々さんは嬉しくて、家の中に庭中の花を集め、自らも花嫁衣裳に着替えて夫の帰りを待ち続けます。ところが、ピンカートンは帰って来ません。その晩、寝ずに待っていた蝶々さんは朝になり疲れて寝てしまいました。

明け方、蝶々さんが寝ている間に、ピンカートンがアメリカ人の花嫁をつれて現れます…。息子と二人、自分を一途に待ち続けた蝶々さんの事を知り、罪の重さに恐れをなしたピンカートンは妻を残して逃げ去ってしまいます。そして、残されたアメリカ人花嫁は、蝶々さんの息子を引き取って育てると蝶々さんに伝えるのです。

全てを悟った蝶々さんは、後でピンカートンに息子を引き取りに来てほしいと伝えて、父の形見の短刀で自らの命を断つのでした…。

正式な妻はこの人です!と見せられて、そして、自分に会うこともしてくれない夫を知り、自分を庇護してくれる人が居なくなっていた事を悟り、その事実を受け入れていなかったのは自分だけだと悟り、恥をかいて生きるよりは死ぬしか無いと決めた蝶々さん。その死を止める人も居ない孤独な蝶々さんは、本当に若すぎでした。

オペラでは若くて不安定な歌手では役を貰えないのでしょうが、私は本当に若い、20歳前の歌手が歌うところを観てみたいな~と思いました。若すぎた蝶々さん…。ストーリーを知ると前から知っていた歌も違って聞こえますね。










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by usakichi71 | 2017-02-16 20:52 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

カルメン 〜諸行無常を知る女〜

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日曜日、長女と二人で新国立劇場にオペラ「カルメン」を観に行ってきました。カルメンはビゼー作曲の有名な作品、なので、何となく大体のあらすじは知っていました。スペインが舞台で、自由奔放なカルメンと言う女に振り回される男、そしてラストはカルメンが殺される悲劇。その位のざっくりとした感じです。今回は娘と二人で観に行ったのですが、観る前に娘に「カルメン」って悪女なの?と聞かれましたが、私はそうだ、とは言いませんでした。
別に実在の人物でも無く、観ている人、一人一人が違うカルメン像を思い描くのです。私はこう感じた!といい合うのが楽しいのよと、娘に言いました。

そして、今回の私の感想を書いていこうと思います。

まず、感じたのはドン・ホセの頼りなさ。

不器用で真面目な青年。恋敵になる闘牛士はカルメンの愛は半年と保たないと分かりきった上でカルメンに迫りますが、ドン・ホセは変わらない愛を求めています。不器用で真面目な人間なら、それは簡単な事かもしれないけれど、器用で変化を恐れない人間には変わることの無い愛の方が偽りに見えるのでしょう。

そして、カルメンの自由奔放だけど、ある意味正直な強い生き方。

カルメンは冒頭から「恋は野の鳥」と歌います。自由である事がカルメンには一番重要なのです。
でも、自分になびかない男なんて居ない!と自信もあり、真面目なドン・ホセに花を投げ誘惑するのです。
ドン・ホセの故郷には彼に相応しいミカエラと言う質素なしっかりした婚約者がおり、彼の母からの遣いで、彼の元に手紙を届けにやってきたりもするのです。ドン・ホセはミカエラと会うとミカエラが好きだ!と思い、だからこそ、カルメンには目もくれまいと思っていたのです。なのに…不器用で田舎者のドン・ホセは艶やかな花のようなカルメンに誘われると、全てを忘れてしまいます。騒ぎを起こして逮捕されたカルメンの逃亡を助けて2カ月も牢屋に入れられますが、牢屋を出ると真っ先にカルメンのところへ行ってしまうのです。ドン・ホセが来るとカルメンは、一緒に遠くへ行きましょうと誘います。もちろんドン・ホセはそんなことは望んでいません。ただ、美しいカルメンに愛してもらいたいだけなのに、カルメンはドン・ホセに全てを捨てて自分と来るように迫ります。
そして、その通りに全てを捨ててドン・ホセはカルメンと一緒に密輸団の一員として山賊のような生活に落ちぶれて行くのですが、カルメンの愛はそう長くは続かないのです。
一度は瀕死だという母の元に戻ったドン・ホセですが、再び、カルメンの元に舞い戻ります。

カルメンは愛については嘘をつきません。もう離れてしまった心は二度と戻らないのです。

占いで死のカードを出し、自分が死ぬかもしれないと、分かっていても、カルメンは恐れません。
そして、悲劇…。

ドン・ホセはなぜ、カルメンを諦めて田舎に帰らないのでしょう?それじゃ話にならないからなのは当たり前ですが、諦められずに悲劇になる、と言うのが普遍的に起こることだからなのでしょうか。
多かれ少なかれ、男は女に振り回され苦い思い出があり、女は離れた心は取り返しがつかないと知っている。ここまで派手では無いけどね…。

だからこそ、カルメンはいつまでも愛される作品なのかな?

音楽もとても素敵です。冒頭から次々と聞いたことのある音楽なので、娘は「これも、これも、カルメンの曲なんだ!」と驚いていましたし、フルートなどの管楽器の調べが印象的で、とても面白かったです。
歌の方は、タバコ工場の女工たちの歌う歌など、綺麗な歌がたくさんで、とにかく全編、楽しめました。ミカエラ役の砂川涼子さんはとても素晴らしかった!主役の二人と闘牛士役の方は外国の人なのです。私は初心者なので何とも言えないのですが、迫力、風格、演技、と、言う点では日本人では負けてしまうのかな?

今回もとても楽しめたオペラ鑑賞。
来月は「蝶々夫人」を観に行きます。
蛇足ですが、私は不器用な人間なので愛は変わらないと信じたい人です。




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by usakichi71 | 2017-01-26 06:54 | おでかけ | Trackback | Comments(2)

ラ・ボエーム ~青春時代が夢なんて~

土曜日、お友達と新国立劇場にオペラを観に行ってきました。「ラ・ボエーム」 有名だし、いいお話なんだろうな~。なんて軽い気持ちで観に行きましたが、涙、涙、涙。
とても、面白かったです。
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~あらすじ~
第一幕 舞台は1830年頃のクリスマスイブの夜。パリの屋根裏部屋で、貧乏な芸術家たちが共同生活をしています。彼らはボエーム(ボヘミアン)お金もなく、薪も食べ物もありませんが、何故か楽しそう。自由に未来の自分を信じて生きています。詩人のロドルフォと絵描きのマルチェッロはロドルフォの作品を暖炉にくべて暖を取ります。そこへ、音楽家のショナールと哲学者のコッリーネがやってきて、ショナールの稼ぎで街へ食事に出かけることになります。ロドルフォは一つ原稿を仕上げてから出かけると仲間に伝え、原稿を書いていると、同じアパートのお針子のミミが、ローソクの火を貸して欲しいと現れます。二人は出会い、恋に落ちてしまいます。

二人は暗闇の中で一緒に鍵を探し、手が触れ合います。ロドルフォが「冷たい手を」ミミが「私の名はミミ」と歌い、互いの紹介をするのですが、歌詞が素晴らしいのです。ミミの歌は「バラとユリを育てています」「バラの優しい香り」「でも、私の刺繍する花には香りがないの」等の言葉の入った歌詞なのですが、ミミもロドルフォと同じ屋根裏部屋の住人です。貧しい生活のはずです。ユリもバラも、ふるさとから持ってきた小さな鉢植えなんだろうな、と想像してしまいました。

第二幕 二人は一緒に仲間を追いかけて街に繰り出します。クリスマスイブの街は大賑わい。仲間たちで楽しくやっていると、マルチェッロの元恋人ムゼッタが、年寄りのパトロンと現れます。マルチェッロは無視していますがムゼッタは違いました。足が痛いと、赤いペチコートを見せびらかせパトロンには靴を買いに行かせ、マルチェッロによりを戻そうとやって来ます。そして、さんざん飲み食いした代金までもパトロンの勘定に追加して、ボエームたちは兵隊のパレードにまぎれてその場を去るのでした。

第三幕 季節は雪のシンシンと降る冬です。あのクリスマスイブの直ぐ後なのか?何年か後なのかは分かりませんが、ミミは結核にかかっています。雪の中ミミはマルチェッロを訪ねて居酒屋へとやって来ます。マルチェッロは店の看板の絵を描き、ムゼッタは歌を教えながら二人でここで暮らしているのです。ミミはロドルフォと屋根裏部屋に住んで居るのですが、最近、ロドルフォが自分に辛く当たることを訴えます。ロドルフォもこの店に来ていて、ミミのいる外へでてきたので、マルチェッロはミミに帰るように言いますが、ミミは隠れて二人の会話を聞いていました。ロドルフォは本当はミミの病気を直してあげる経済力がないので、ミミと別れたいと思っていた事が分かってしまいます。嫌われていたわけではないと、分かったミミは別れることに同意はするのですが、こんな寒い季節には別れたくないと言い、春になったら、別れると約束し和解します。そんな二人と裏腹に、マルチェッロとムゼッタは罵り合います。夫でもないのにでかい顔をするな!浮気者!へび!ひきがえる!魔女!と、悪口を言い合い二人は別れてしまいます。

第四幕 ミミと別れたロドルフォ。彼はマルチェッロたちと、屋根裏部屋で相変わらずの生活です。ミミはお金持ちのパトロンを見つけ、出て行ったあと。マルチェッロもムゼッタと別れたので、また二人で暮らしているのです。
そこへ、また、コッリーネとショナールの二人もやってきて、四人でふざけていると、ムゼッタがミミを連れてやってきます。ミミは既に瀕死の状態で、最後にロドルフォに会いたくて、やって来るのです。マルチェッロとムゼッタは医師を探しに出かけ、コッリーネとショナールも二人を気遣い席を外します。二人きりになったロドルフォとミミは出会ったばかりの時の思い出を語り合います。手が冷たいと寒がるミミに、ムゼッタが買ってきたマフをロドルフォからのプレゼントだよと、渡します。コッリーネもトレードマークの古い外套を売り医者の支払いのためにお金を作って帰ってきます。みんなに囲まれて、ミミは眠るように死んでしまうのです。ロドルフォのミミを呼ぶ声が屋根裏部屋に響くのでした。おしまい。


今の人達から見たら、ただの純愛物語なのです。私も初めはそう思いました。でも、ミミがお針子で、その当時のお針子の立場を考えると、これは一言で純愛という事には出来ない事がわかりました。この頃のお針子は、地方から出て来た若い娘が多く、勿論、洋服を作る職業人なのですが、それ以外に、娼婦でもなく、良家の子女でもなく、おおっぴらに援助交際の出来る相手、という側面もあったのです。服装も小奇麗で、若く可愛いお針子娘は、学生やいい所の坊っちゃんが結婚前にちょっと遊ぶ相手。真面目に結婚まで考えてくれる相手に巡り会うのは難しかったかもしれません。なので、見方によっては、ロドルフォとの出会いもミミが仕組んだ事かもしれないし、ロドルフォも初めから火遊びの恋だつたのかもしれません。そうすると、全然純愛じゃなくなってしまうのですか、私には、「人間だもの、色々間違いもあるし、思い通りに行かないよ。でも、人を愛したその気持ちは決して嘘じゃないし、誰でもこんな若者たちの時がありましたよね?」って言われているような、人間讃歌の舞台にみえたのでした。
歌も素晴らしく心にしみて、満足なオペラ鑑賞ができました!


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by usakichi71 | 2016-11-30 07:50 | おでかけ | Trackback(1) | Comments(0)

結婚って何だ? ~「フィガロの結婚」を観て~

この前の日曜日。東銀座の東劇で、METライブビューイングアンコール2016で、モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」を観て来ました。アンコールなので、これも、2014年10月に上演されたものです。舞台を撮影しているので、舞台を見ているような臨場感もあり、映画のようにアップで表情までよくわかり、私は大好きなんです。

「フィガロの結婚」は昔々、お友達と大学の発表会を見に行ったり、CDで聴いたりと、その位なのですが、楽しい曲ばかりだし、鼻歌でフンフンと歌えるくらいは馴染んでいるので、聴きやすいだろうなー。と思っていました。でも、あらすじはほとんどうろ覚え。今回観て、あらすじも再認識出来たので、ここに、記しておこうと思います。
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あらすじ
時は1930年代(原作より新しい時代設定なのに、全然違和感ありません!)伯爵家の使用人のフィガロとスザンヌの結婚式が準備されています。伯爵は浮気者。使用人の女たちにも手を出し、スザンヌの事も狙っています。昔は「初夜権」なんて言う制度があり、主人が使用人の結婚相手に手を出す権利があったのを、伯爵は時代の流れに逆らえず廃止したのに、スザンヌが可愛いので、何とか手を出したい!と狙っています。
伯爵夫人はそんな夫を悲しく思い、夫をこらしめるため、夫人に思いを寄せるケルビーノと言う少年を女装させて、夫をおとしいれようとしますが、上手く行きません。
フィガロにも、借金の代わりに結婚するように!と迫ってくるおばさんがいたりと、波乱があります。
でも、喜劇なので、おばさんは実はフィガロの実のお母さんだったと判り、楽しく結婚式が執り行われるのですが、それでも伯爵は、スザンヌの事を諦めていない様子。そこで、スザンヌは逢引の約束をし伯爵を誘き出すと、伯爵夫人と服を取替えます。スザンヌの振りをした伯爵婦人に浮気の証拠をガッチリと掴まれてしまった伯爵は、伯爵夫人に謝り許しをこいます。すると、伯爵夫人はアッサリと夫を許し、ハッピーエンドとなるのでした!

あらすじは、こんな感じですが、今回、1番素晴らしかったのは伯爵夫人は役のアマンダ・マジェスキーさん。夫が元のように私を愛してくれたなら。と歌う「愛の神よ」とか、とても情感が伝わり、素敵でした。

このお話には3組の夫婦が登場します。これから結婚するフィガロとスザンヌ、倦怠期の伯爵夫妻、それからフィガロの両親。
フィガロたちは熱々で、愛に溢れています。お互いを求め合い、いつまでも愛し合うと信じています。
伯爵は妻以外ばかりに目をやり、美しい妻には飽きています。でも、飽きているけど嫉妬深く、妻の浮気は許さないのです。伯爵夫人はそんな夫を悲しく思っていますが、自らは浮気もせず夫を愛しているようです。
フィガロの両親は昔々愛し合いながらも、結婚もせず、打算的に付き合ってきた仲です。でも、歳をとり、フィガロという息子が見つかったのを機に結婚することになります。

どの結婚も今の世の中でも変わることなくアルアル、と思う形です。人間の生活の仕方がどんなに変わっても、人を愛する事、人間の感情というものは全然変わらないものなんですね。だからこそ、古い作品も古くならない。

伯爵の浮気がバレ、謝った時、夫を許した伯爵婦人がいいます。「私は、貴方と違って素直ですから。」

ううう、優しすぎる。と、唸ってしまった私は、伯爵婦人にはなれそうもありませんが、いつの世も結婚って難しいものなのだ、と言う事だけはよくわかりました。


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by usakichi71 | 2016-08-20 15:30 | おでかけ | Trackback(1) | Comments(0)

行き止まりでも、そこから始めよう!~アンドレア・シェニエ

4月14日の夜、新国立劇場で、オペラ「アンドレア・シェニエ」を観て来ました。ウンベルト・ジョルダーノ作曲、イタリア語での上演です。全体的にとてもメロディーが美しくて、聞き易い作品なのに、今回は、私はとにかく演出が怖かったです。演出はフィリップ・アルローさんなのですが、舞台装置は、ほとんど全て、同じ角度で斜めっています。舞台はフランス革命の少し前と最中のフランス。そして、舞台の色は青、白、赤、のトリコロールカラー(フランス国旗)と黒。で全てまかなわれているのです。特に、白の配分が多く、真っ白な貴族が、鎌などの武器を持った黒い民衆に襲われて倒れていくシーンとか、怖かったです。常に斜めな舞台はギロチンを表しているのです。

あらすじは、観ている時には細かく分からなかったのですが、こんなかんじです。

時はフランス革命前、貴族の館で宴が開催される。召使のジェラールは令嬢、マッダレーナに思いを寄せている。しかし、マッダレーナは招待客で詩人のアンドレア・シェニエと出会い心惹かれていく。ジェラールもシェニエも貴族を非難しており、ジェラールは館を出て行く。
何年か後、シェニエはパリで暮らしていたが、時はフランス革命の真っ只中、ジェラールは革命派の幹部となり、貴族たちは次々と殺されている。シェニエはフランスを脱出しょうと考えていたが、匿名の女性からの手紙に心惹かれていた。匿名の手紙の送り主はマッダレーナ。二人は再会し、恋に落ちるが、マッダレーナを密偵を使い探していたジェラールが現れ、シェニエに刺されてしまう。しかし、ジェラールはシェニエにマッダレーナを守ってくれ!とお願いし、逃がしてあげようとするのでした。
しかし、シェニエは捕まり、ジェラールはシェニエの裁判で彼を庇うが、有罪になり、シェニエは死刑を宣告される。マッダレーナは別の有罪となった若い女の囚人と入れ替わり、シェニエと共に死刑になることを選び、二人は断頭台の露と消えるのでした。

すごく大雑把に言うと、こんな感じでした。
私が怖く感じた演出は、特に最後のシーンです。
マッダレーナとシェニエの背後にたくさんの人達、貴族もその他の人達ももう、既に死んでいるたくさんの人が現れます。目にはトリコロールカラーの目隠しをし、ゆっくりと二人に近づいてきます。二人は名前を呼ばれ、死刑が執行されると、後ろにいた人達も一斉に倒れます。大きな時代の波にのまれて倒れていくたくさんの人達。それはフランスと言う国が生まれ変わるために仕方のない犠牲なのか?集団心理により暴走した狂気なのか?解りません。が、救いは、そんな死人の群れから生まれくる新しい命。皆が倒れた後から、子どもたちが光の中に走り行くシーンで終わります。血にまみれた戦いが終わり、新しい希望が生まれた!と私には感じられました。
シェニエとマッダレーナの愛は大きな時代の流れの中で、死という行き止まり的な状況しか選べない。そんな、残酷な時代。このオペラを作ったのは、そんな時代にならないように!という警告なのか?そんな状況でも愛は大切なもの、と言うメッセージなのか?分かりませんが、残された人達は、どんな状況からでも生きていかなきゃいけない。はい上がらなきゃいけない。そんな風に感じました。
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新国立劇場で観ている最中に、九州の地震が起き、私達も揺れを感じました。
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地震も避ける事の出来ない現象ですが、これ以上ひどくなりませんように!



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by usakichi71 | 2016-04-18 12:30 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

オペラ「アイーダ」を観ました

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日曜日、新国立劇場の5階にある情報センターのビデオシアターでオペラ「アイーダ」(ヴェルディ作曲)の上映会がありました。オペラが大好きなお友達が主催してくれて、総勢13名で大画面で集中してみる事ができました。新国立劇場の情報センターには、新国立劇場で上演された歴代のオペラ、バレエ、演劇等のビデオがあり、それらをすべて無料で鑑賞する事が出来るのです!通常は小さな机付きのビデオブースで一人でヘッドフォンを着けて鑑賞するのですが、三人以上集まれば、ビデオシアターが利用出来るそうです。今回上映した「アイーダ」は新国立劇場のこけらおとしで上演された記念の作品です。映画「ロミオとジュリエット」の監督としても有名なフランコ・ゼッフィレッリさんの演出で、豪華絢爛な舞台でした。
またもや私には、歌そのものの良し悪しは分からないのですが、お友達が言うには、オペラは総合芸術、楽しみ方は人それぞれで良いとの事。私はいつも物語そのものに惹かれてしまうのですね。でも、そこが分からないと歌も分からないですから、仕方ないですね。
と、言うわけで、まずはあらすじです。あらすじはいつも自分で思い出しながら書いてます。分からなくなったら、色んなホームページを検索し、そうすると、お話しの理解がすすむし、記憶に残るのです。

あらすじ

エジプトの宮殿の前で、神官が宮殿に入って行きます。エチオピアと戦う指揮官の名前を王様に伝えに来たのです。そこに居合わせた軍人ラダメスは自分が選ばれたい!と歌います。勝利をおさめ、褒美に王女アムネリスの奴隷女、アイーダとの結婚を許して貰うつもりなのです。
ラダメスは選ばれ、出陣します。それを見送るアイーダは苦しみます。なぜなら、彼女は本当はエチオピアの王女。祖国の勝利は愛するラダメスの死を意味し、祖国が敗れると、自分はラダメスと結ばれる。苦しみながらもラダメスとの愛を選ぶアイーダ。生きて、勝利して、戻って欲しい!と歌います。ところが、厄介な事に、王女アムネリスもラダメスに恋していたのです。アイーダが自分の恋敵か知るために、ラダメスは死んだ!と告げます。嘆き悲しむアイーダを見て、気持ちを確信すると、死んだのは嘘!と伝え、勝利して無事帰還したラダメスの凱旋行進へアイーダとともに参加するのでした。
豪華絢爛な凱旋行進が続き、たくさんの戦利品が披露されます。(ここで有名な「凱旋行進曲」が流れます。舞台上には本物の馬、200人〜250人位の人間が登場し、壮大な舞台を作り上げます。)
ラダメスは王の前に捕虜を連れ出します。するとその中にアイーダの父親(エチオピアの王)が居るのをアイーダが見つけ、苦しんでいる様子にラダメスは気が付きます。ラダメスは王に捕虜の解放を願ってしまい、アイーダと結婚することを言い出せません。それどころか、王は褒美として女王アムネリスと結婚を許すと言うのでした。
結婚式の前日、神殿で神に祈りを捧げるアムネリス。その同じ神殿の前にラダメスと密会する約束をしていたアイーダがやって来ると、アイーダの父親もやって来て、アイーダにラダメスから軍事機密を聞き出すように命令します。苦しむアイーダは後から来たラダメスに、二人で逃げましょう!と言います。ラダメスのアイーダへの愛は将来の王座よりも強かった!二人は駆け落ちを誓います。その時、アイーダが、「でも、どこから逃げたら良いのですか?」と聞いてしまいます。ラダメスは何の疑いも無く、警備がされていない谷の名をアイーダに教えるのでした。すると、そこへ隠れていたアイーダの父親が現れ、ラダメスは自分が図らずして敵国へ軍事機密を漏らしてしまった事を知るのです。アムネリスの兵が来て、ラダメスは捕らえられ、アイーダたちは逃げます。
ラダメスは裁きを受け、生きたまま地下に閉じ込める刑に。アムネリスはなんとかラダメスを救おうとしますが、ラダメスはその申し出も拒み死を選ぶのです。地下に閉じ込められたラダメス。地下でもアイーダを案じて歌います。すると、そこに忍び込んでいたアイーダが現れ、二人は抱き合い、死を迎えるのでした。地上では何も知らないアムネリスの祈りが響いていました。

と、こんな感じの話でした。私は見終わった後、この物語について、自分なりに考えてみました。そして、「愛」と「正義」がこの物語のテーマなのかな?と思う様になりました。アイーダは元々はエチオピアのお姫様。プライドや野心が有ってもいいのに、感じるのはラダメスへの愛と祖国への愛だけなのです。女は現実的なので、今更戦っても無駄なこと、と思っているのか?父親の王に脅されラダメスと話す時も、逃げて二人で暮らしたい!とそれだけが彼女の願いです。
それに比べてラダメスは、逃げられたかもしれないのに逃げません。彼には正義が何よりも大切な事だったのですね。そして、そんなラダメスを愛するアイーダは自分から地下に閉じ込められる道を選びます。愛と正義、その両方が守られる方法は「死」しか無かったのか?は分かりません…でも、アイーダは初めから分かっていたかのように、何の迷いも無いように見えるのでした。
私はビデオを見ていて、ふと、このシーンは実はラダメスの夢のシーンなのでは?と思ってしまいました。暗闇の中、迫る死の瞬間を前にして、神様の見せてくれた優しい夢。そんな解釈もありかな?と思います。
あと、私が密かに大笑いしたシーン。ラダメスが地下に閉じ込められるとき、ものすごい巨大な石の蓋を開けて入れられるのですが、厚さ30センチ位の巨大石を5,6人で動かしているので、思わずドリフか?(古い)と思ってしまいました!ゼッフィレッリ監督は巨匠と呼ばれるすごい人なのに、時間も無いし、まあ、いいか…と思ったのかな?
他にもバレエのシーンもあったり、アイーダのお父さん役のグレック・ベーカーが屈強で迫力があり過ぎたり、見どころがたくさんありました。でも、一番の見どころは、実はこのビデオにお友達も出演していたって事!なのでした。裏話も聞けて楽しい上映会でした。
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by usakichi71 | 2016-03-08 20:33 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

一目ぼれと献身~「トゥーランドット」を観ました

愛の形は様々ありますが、一目ぼれから生まれる「愛」と献身的な「愛」、二つの愛の物語が、このオペラの主題なのでしょうか?
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昨日、またもや東劇でMETライブビューイングでプッチーニのオペラ「トゥーランドット」を観てきました。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で1月30日に上演されたものが、日本で1か月もたたないうちに観ることができるなんて、何だかすごい速さですね。出演者は、トゥーランドット姫役はニーナ・ステンメさん。カラフ王子役はマルコ・ベルティさん、あと、リュー(女奴隷)役はアニータ・ハーティッグさんでした。

あらすじ
場所は中国の北京、いつの時代か?は分かりません。宮殿の前でぺルシアの王子様が斬首されます。トゥーランドット姫には王子様しか求婚できないのですが、求婚すると3つの謎を出されます。そして、それが解けないと、殺されてしまうのです。今まで何人もの王子様が殺されているので、姫は残酷で冷たいお姫様と言われていました。そんな中、国を追われ生き別れていたダッタン国のティムール王とカラフ王子が再会します。ティムール王は盲目になっていて、女奴隷のリューが手を引いてお世話をしてきたおかげで生き延びることが出来たのです。そこまでリューが王に尽くすのは、カラフへの愛のためでした。3人は再会を喜びます。そこへ、ペルシアの王子の斬首を見にトゥーランドット姫が現れます。カラフは姫に一目ぼれ。ピン、パン、ポンと言う3人の大臣(なんちゅ~名前!)が出て来て止めるように諭しますが、カラフは聞かずに自分も求婚者に名乗りをあげます。
ピン、パン、ポンの3大臣は結婚式、葬式の両方の準備をしなければ…と言いつつ、帝の前に出て踊る準備をします。帝の前で、トゥーランドット姫はなぜ自分がこんなことをしているかその訳をあかします。姫の先祖のお姫様が異国の男性に騙されて絶望のうちに死んだこと、自分はその復讐をしているのだと…。そしてなぞ解きが始まりました。カラフはすべて正解しました。やった~!と喜ぶカラフ。トゥーランドット姫は父の帝に結婚したくないと泣きつきますが帝は約束は守るように言います。嫌がる姫を見て何を考えたのか?なぜかカラフはそこで姫に謎を出します。「自分の名前は誰も知らない。もしも姫が夜明けまでに私の名前を答えられたら、私は死にます。」と…。
結婚したくない姫は国民に夜明けまでに王子の名前を調べられなかったら国民全員死刑!とおふれを出します。ここで有名な「誰も寝てはならぬ」が歌われます。ピン、パン、ポンの三大臣は美女や財宝を差し出し、カラフに姫と結婚するのは諦めるよう言いますが、カラフは聞きません。そして、宮殿前でこの二人と会っていたからこの人達は名前を知ってるはず!と、盲目の王とリューが連れて来られてしまいます。リューは拷問を受けますが、カラフのために耐えます!自分が名前を言わなければ王子様は姫と結婚できる。王子のために、私は秘密を守ります!と健気なリュー。でも、ついに拷問に耐えかねたリューは自らの胸に短剣を刺し、死んでしまいました。リューの死を悼みみんなが去っていき、二人きりになったとき、カラフは姫に接吻し、自ら名前を打ち明けます。トゥーランドット姫の心に何故か変化が起き、姫は帝の前にカラフと現れます。そして、「彼の名前が分かりました!彼の名前は愛です!」と叫びます。そして、ハッピーエンド!!!


物語なので仕方ないけど、リューが可哀想(;_;)カラフは一目惚れしただけで、それが本当の愛に変わるかどうかも分からないのに、カラフの幸せのために自己犠牲、献身の愛を捧げるリュー。
高貴な人はどんなに冷酷な人でも愛されるの?カラフはトゥーランドットの美しさ以外の何も知らないのに、そんな愛のためにリューの命が失われるなんて!と、物語なのに考えてしまうのでした。
勿論、トゥーランドット姫がカラフの愛で冷たい心が融けて人を愛する人間に変わっていくことは真実の愛で人は変われるということで良い事なのですが…。


物語はそんなストーリーでしたが、舞台の規模が大きくて、一度に舞台上に100人くらい現れて、すごい迫力です。カラフもトゥーランドットも人間が楽器になってる!ように声が響き渡ります。

ピン、パン、ポンの三大臣はお面を付けて踊るシーンもあるのですが、なんてしなやかなキレキレのダンスなのだ!と思っていたら、踊りのシーンには踊りの専門の人が出ていたのでした。
それにしても、ピンポンパンというのは何の事なのかしら?なんて、歌以外の事が気になった私…。

それにしてもオペラは面白いな~。と思ったのでした。
来週はお友達とオペラビデオの鑑賞会。楽しみです。
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by usakichi71 | 2016-02-28 21:23 | おでかけ | Trackback | Comments(0)