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二男の引っ越し その3

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今回の引っ越しで、私が泊まったのは「シティホテル友部」というところです。楽天トラベルで3月初めに予約したのですが、これが驚く程の安値でした…。早く予約すると安くなるし、食事なしだと安くなるのでしょうが、それにしても安い!一泊が3,150円(食事なし)。
部屋はシングルルームですが広さも十分で、居心地も良かったです。

お隣は自動車教習所なので、合宿免許の宿舎としても利用されているのですが、別に合宿所的な感じも無かったです。また泊まりたいな~と思って、楽天トラベルで見てみましたが、今はこんな安いプランは出ていませんでした。

これから、ちょくちょく行くことになるのでしょうが、高速代が高いな~。とシミジミ思いました。何年か前に、高速代が1,000円になった時がありましたよね、そのころに戻りたい!

高速代を節約するために一般道で行くと言う手もあるかもしれませんが、そうすると何時間かかるのかな?
今度チャレンジしてみよう。

2男の引っ越しはこうして無事に終わり、家の中はとても静かになりました。

今日などは、長男も遅く、娘2人と私と夫、それから美鈴と寅吉しかいないので、なんとも家が寒々しく静かな感じです。4人いれば一般的な家庭なんだろうけど、今まで7人で狭い狭いとぼやきつつ暮らしていたので、急に人口密度が低くなると寂しい気分になってしまいます…
特に義母が家の40パーセントくらいの面積は一人で使っていたので、その分も今は自由に使えるので余計広く感じるのでしょうね。義母は今は特養に入所しているので、考えると、一年前の生活と今の生活はずいぶん変わったんだな…と思います。

一年前までは、夕ご飯も7人前、洗濯も7人分、お昼のお弁当は最高5人分も作らなきゃいけなかったし、土日は義母の部屋の掃除やデイサービスの準備、夜も認知症の義母が妄想をおこして変なことを言ってくるし、土日も夜も、心が休まらない感じでした。

今はご飯も5人分。義母の部屋も洗濯もの干したり、娘たちがテレビ見たり、自由に使っています。一年後にこうなってるとは、一年前には想像もできなかったので、人生、いつどうなるか、本当に分からないものだなと思います。
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by usakichi71 | 2014-04-10 22:12 | おでかけ | Trackback | Comments(0)

連休の二日目

今日こそはのんびりしようと思ってたのに、今日も朝からず~っと働いてしまった。
義母の押し入れの中のカビ臭くなったお布団を干したり、薄めの羽毛布団は洗ったり、シーツやカバーも洗濯し、二女のお洋服の繕い物や、漂白、整理。あっという間に午前中は終わり。
お昼にかけて買い物に出かけ、洗剤や食品、二女の冬服の準備。帰ってきたらまた洗濯。庭の水やり。
そのうち6時になり夕ご飯の支度。そしてもう8時。
忙しいのは大体自分だけなので、何故なんだ…とつぶやきつつ働き続けてます。

自分以外の5人は何をしているかといえば、
夫…勉強、洗濯物を時々。買い物は付き合う。
長男…寝てる。午後は起きてるが部屋からめったに出てこない。来ると猫・犬と触れ合ってる。私に声かける時は「昼めし何?」「夕飯何?」等。
二男…寝てる。午後部屋から奇声が聞こえるときは起きてゲームしている。ご飯を食べる時しか会わない。バイトの日は夕ご飯のときも会わない。
長女…土日も部活。部活から帰ると寝てる。
二女…一番私との時間が多い。が、まだ小さいのでお手伝いは教えながらになり、より一層時間がかかる。そのため、遊びに集中しているときは遊ばせている。

義母がいたときはとにかく食事も洗濯も7人分だったので(今も6人だけど…)大変でした。
今は少し楽になってるのですが、その分義母の部屋の片付けをしているので忙しいのです。

明日は特養にも行かなくちゃ。実母も目の手術をするらしく、その時は病院にも行かなくては…。叔父さんの特養にも行かないといけないし、介護問題もまだまだ終わりなき闘いです。

とにかく、先々週に口唇ヘルペスに罹り、疲労がいけないと言われたので休みたいけど休めない私です。
ヘルペスも表面上はやっと治った感じなのですが、まだ唇に違和感があります。完治には時間が掛かるのね。

写真はトラ君の前足の裏側です。肉球の周りの毛がキラキラ光沢があり、いつも綺麗だな~と思ってしまいます。
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by usakichi71 | 2013-10-13 20:08 | つぶやき | Trackback | Comments(2)

義母の部屋を片付けながら…

昨日も忙しい1日でした。9キロの洗濯機を3回、まわして洗濯を終わらせた後、義母の特養に行って、衣類を冬物に入れ替えてあげました。昔の写真も持って行きました。写真やアルバムは部屋中の引き出しにバラバラに入っていたものを集めてみたら押し入れ収納二個分ぐらいありました。その中の一部だけ、持って行きました。残りも少し整理してアルバムに入れて持って行ってあげようと思います。お義母さんは体重が少し増えていました。それに自分が何でここに居るか?全く考えていないのか「また来るね。」と夫が言うと、「ありがとうね。」と言い、いつ家に帰るのか?とも聞きませんでした。そして衣類を持って行った私には一言も言葉をかけてきませんでした。洗濯したり、名前付けたり、全部私がやってあげてるのですが、気が付かないのですね。
帰り道に買い物をしてお昼ご飯の支度。食べ終わったらお義母さんの部屋の網戸を外して洗いました。網戸も真っ黒でしたが、窓ガラスもうっすらと白くなっていて、拭くとさっぱりと明るくなりました。私はかなり暗い性格で、今までのお義母さんの仕打ちなど早く忘れたいので、家からお義母さんの気配を消してしまいたいのです。どうせ、すべて私がやらないといけないので何時やっても同じなのですが…拭いたり掃いたりすると早く消えるかな?と思い、せっせと掃除してしまいます。

お義母さんの洋服は私の4倍程あります。多分、ずっと痩せていたし、昔の服も捨てらんないせいなのでしょう。一度も見たことのない服がいっぱいあります。穴や染みのある服は古布回収のリサイクルに出し、綺麗なものは洗濯して分類して、整理し直しています。お義母さんは、もう二年も洗濯を自分ではしていませんでした。


どんなに自分では節約している、とか物を大事にしていると思っていても、自分で買ったものやいただいた物は使わなければ、ゴミになるものが半分以上です。きれいに使って、物の命も大事にしてあげたいです。
お義母さんの部屋を片付けしていると物の命についてとても考えてしまいます。

壊れたメガネ、時計、破けた布、古いタヌキの置物、木彫りのクマ。割れたお皿。誰が片付けると思っていたのかな?私のあげたプレゼントもそのまま出てきます。

食器は5人家族でも使いきれないくらいありました。でも、ちゃんとお揃いの食器があるのに、全然使わないで、オマケでもらったお皿や、プラスチックのお椀を使っていたのです。何故?
私なら、一人暮らしぐらいになったらもう、お皿もお椀もほんの少し、本当に気に入ったものだけを持ちたいな。
引っ越し荷物に入れられて、来たはいいけど、出番は一度も無く。結局捨てられる物たちは、場所を塞いでいただけなんですね。お義母さんは狭い狭いと文句を言いながら、私たちの収納スペースにも、物を入れてきて、私が困った顔したら、すごく怒っていたな~。お義母さんは押し入れ2間とクローゼット3個もあって、私たち2階は押し入れは1個も無かったのです。


全部、お義母さんには必要な物だったのかもしれないけど…でも、使っていないものばかりだったな…と思います。座布団10枚も要らないし、客用布団4組ぐらいあったし。結局9年間お義母さんのところには1人も泊まりに来なかったし、座布団も5枚使ったのが最高で、使ったのも2回ぐらいです。

ラッキョウ漬け用の瓶もたくさんありました。3リットル位の瓶が6個と2リットル位が4個あり、見つけたときは、こんなに要らないだろ~!と叫びたくなりました。もちろん一度もラッキョウは漬けていません。私が梅酒漬けるのに2個だけ使っただけです。(ラッキョウの香りが取れないので困ります…)


私は子どもたちにはアクセサリー少しとアルバムだけしか残したくないな…
アクセサリーは娘たちに「ちょうだい!」と言われているので・・・。
アルバムはもう70冊位あって、長男が生まれてからの22年間の家族の記録です。多分死ぬまで作り続けるので100冊以上行きそうです。

結論。物を生かすには、やっぱり使ってあげることが1番。使わないものはもったいなくても手放しましょう。(リサイクルしたり使う人にあげればもったいなくない。)物が少ない方が豊かに暮らせる。という気がする…


昨日は午後2時からGP科同窓会にも参加。少し元気になりました


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by usakichi71 | 2013-09-30 21:37 | つぶやき | Trackback | Comments(2)

義母の部屋の片付け

義母が特養に入所して3週間が過ぎました。入所のときは夏の洋服を持って行ったのですが、もう秋になってきたので冬服も用意しないといけません。でも、服はすべてバラバラにしまわれていて、探すのも一苦労なのです。それに、もう絶対着ないような服もたくさんあるので、夫にも夫の妹にも、もう少しづつ荷物の整理をしますと言ってあるし、服を探しながら義母の部屋整理もしようと思い、片付けをはじめました。

毎週、今までも掃除していたので、何となくは知っていたのですが、義母の押し入れの中には、とてもたくさんのビニール袋と紙袋と紙類が溜まっています。それから全く使っていない道具の数々と空き瓶、空き缶、空き箱の数々。
ビニール袋は今まで買い物して集めたもの、すべてが取ってあり、以前、部屋中にビニール袋が詰めてある袋があり、かなり捨てたのですが、まだまだ出てきます。でも、義母は認知症が悪化すると、その大量にあるビニール袋が見つけられないのか、袋がない。と言っては、食パンの袋なんかにゴミをいれていました。
でも、このところ1年以上、自分でゴミを片せなかったのです…
紙ごみも小さなレシート1枚から家に来た郵便物のすべてが捨てられなかったので、いろんなところから次々と出てきます。これも、驚くほど出てくるのです。
箱があるな~。何だろうと開けると、たいてい紙が詰まってます。年代も内容もバラバラです。布の袋の中には服や靴下などがバラバラに詰められています。
時々写真や手紙もあり、それらは別のところに集めて仕舞いました。
要らないものを整理すると必要なものは本当に少しなんだと分かります。義母は同居してからほとんど自分の分くらいしか料理していなかったのに、大きな鍋や全く使っていない古いミキサーや魔法瓶が2個も3個もあって、それも台所の棚に入りきらなくてお風呂場の棚にあったりします。

何も捨てられらなかったのが認知症のせいなのか?もったいないからなのか?わかりませんが、片付けはいつまでかかるか分からないほど、まだまだ続きそうです。
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by usakichi71 | 2013-09-23 22:21 | つぶやき | Trackback | Comments(0)

新しい日々へ

今日の午後、お義母さんが特別養護老人ホームに入所した。
夫の妹にも来てもらい、着替えを手伝ってもらった。出かけるとき、私の顔を見て、「まあ、お久しぶりですね。」と言っていたけど、次に会ったら、覚えているかな?と思ってしまった。
私と夫の名前と電話番号が書いてある紙を持ってきて、「この人たちは2階に今も住んでいるんですか?」って聞かれたと、息子が言っていた。夫の事も自分の息子だって分からない時もあったようです。
特養へは車で10分くらい。ポツポツと雨が降り出して、でも大した雨にはなりませんでした。
お部屋は個室で、とてもゆったりとしたつくりです。大きな箪笥もついていて、ベットも病院のベットのような手摺り付。お部屋の中に洗面台もあります。
相談員の方と夫と夫の妹が話している間に、私は荷物の片づけ。全部名前を付けて、綺麗に洗濯し、なるべく新しいものを揃えてきました。綺麗に箪笥に入れて、お義母さんに説明したけど、きっと明日には全部出して入れなおしてしまうんだろうな~。
今までも、毎日毎日、引き出しの中を整理し続け、その結果、すべての物が混じりきった状態になってしまって、夏物も冬物も下着も上着もタオルも写真も色んなところに入ってましたから…

お義母さんは看護婦さんに体の点検を受けました。アザや傷がないか?見るのです。入所してからの怪我かその前からの怪我かハッキリさせるためです。
お義母さんは4月からご飯を食べることを拒否するようになり、5キロ痩せて31キロだったので、恐ろしく痩せていました。
私たちか「帰るね。」と言うと、自分も帰ろうとしてました。「ここが新しいデイサービスね。」と言い、入所施設とは分からないようでした。
夫の妹は、(施設は)刺激が無いから益々認知症が進むかも?と言っていました。

でも、これで、やっと、私はお義母さんの世話から解放されるのです。
やっと、家の中で心の底からほっとできるのです。
庭にイキナリお線香の灰を撒かれる心配も無いし、ゴミ置かれる心配も無くなりました。


新しい毎日が始まる気分です。
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by usakichi71 | 2013-09-08 20:12 | つぶやき | Trackback | Comments(4)

うれしいような、うれしくないような・・・

日曜日に、同居している義母が入所申し込みをしている特別養護老人ホームから連絡がきた。入所の順番が回ってきたのだ。もう、入所できるとのこと。

何百人も入所待ちをしている特養に申し込みして、いつまでも入れない人がいる一方、地方のとても不便なところは、申し込みをすればすぐ入ることもできるので、私たちも自分たちの家のそばの特養なんて、2年か3年先まで入れないだろうと思っていたのです。でも、自分の叔父さんの身元引受人もやっている私は、義母まで遠く青梅やあきる野市の特養には入ってほしくなかったので、待つのを承知で、近くの特養しか希望しないで入所の申し込みをしていたのですが、申し込みをして1か月ほどで連絡があり、面接や入所判定会議を経て、入所順番待ちまでこぎつけていたのです。でも、まさかこんなに早く順番が来るとは…。
女性専用のユニットがあり、そこへ入れてくれるそうです。施設は完成してまだ2年でピカピカだし、家からは車で10分だし、第1希望の施設でした。

義母は要介護3で、認知症だと分かってから、はや5年。嫌なことも困ったこともとってもたくさんあったし、お世話も大変でした。義母の妄想のせいで、夫に疑われたこともあり、悲しい思い出です。初めのうち、介護保険の申請も、サービス事業者選びも、ケアマネさんとの調整も、夫はいつも私任せで、仕事の合間に色々しなくてはいけなくて、本当に大変でした。ただでさえ4人の子どもの世話があったし、もともと義母は何にも手伝ってくれる人ではなかったので、さらにもう一人世話する人が増えただけではあったけど、何にも出来ない子どもがまた増えてしまったみたいな感じで、そのうえ、世話すると怒り出すので、こそこそ隠れて掃除したり、洗濯したり、ご飯も全部用意してあげても、なぜか、自分で作ってると思い込んでるような、そんな生活だったので、感謝の言葉を聞くこともなく、只々、自分の義務を果たすためにやってきました。今後も私は何の感謝もされないし、嫌な役回りだな…と、思います。
でも、夫は私の苦労を知っているはずだし、このところの1年はずいぶん世話してくれました。(私がもう嫌だ!と夫に言い渡したせいもあるけど…)自分が一番世話しなくてはいけない人間なんだと、やっと気づいたみたいです。なぜか、最初のうち、介護は妻がやってくれるのが当たり前と思っていたようです。世の中にはそんな男の人はたくさんいると思いますが…。


やった~!!っと、喜びたいけど、ふと、考えてしまうのです。
この幸運は、誰の運なのかな?私の運?お義母さんの運?それとも夫の運?
お義母さんは入所のことはまだ知りません。
「老人ホームに入りたい。」なんて口では言うけど。
入れてあげたら怒り出すに決まってます。

なので、うれしいような、うれしくないような…

そして、入所準備が大変です。
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by usakichi71 | 2013-08-27 22:14 | つぶやき | Trackback | Comments(0)